第6章/Fairway
6-1
お祭り騒ぎは幕を閉じた。
クラス出展や部活出展で燃え尽きた者にも、一鯨で滑りに滑った者にも、何事もそつなくほどほどに楽しんだ者にも、こっそり学校を抜け出して原付の免許を取りにいった者にも、むしろ打ち上げのカラオケで喉を枯らした者にも、日曜日は平等に訪れる。
片付け日という名の日曜日――東高生には校内清掃という宿命が待ち受けている。サッカー部員たちのようにこの宿命を避けるためには保護者印付きの理由書を提出する必要があり、何と文化祭当日よりもサボりのハードルが高かったりもする。
そういうわけで学校指定のジャージを着た東高生たちは、疲弊した体を引きずるようにしてお祭り騒ぎの始末に取り組んでいるのだった。
「ゴミの分別にご協力くださーい」
「ペットボトルと空き缶は必ず潰してから出してくださーい」
あたしと清乃が張り番をしている小グラウンド――ゴミの収集場所になっている――にもポリ袋や紙束を抱えた連中がひっきりなしにやって来る。
「あーそこ、紙ごみは燃えるゴミとは別だから! こっちに持って来て-」
あたしが燃えるゴミ用のコンテナに厚紙の束を突っ込もうとしている女子に声を掛けると、相手はびっくりしたように背筋を伸ばした。
「すいません!」
素直でよろしい。多分一年生だな。あたしは女子が持って来た紙束を受け取って、乱暴にコンテナの中に放り入れた。
それからあたしはコンテナのすぐ側に新聞紙が落ちているのに気がついて、拾い上げた。時代劇で有名な大手映画会社が十一年ぶりに芸術職の求人を復活するという記事が載っている。時代劇は衣装やらセットやらとかくお金がかかるというけど、このところは歴史ブームとやらの影響でなかなか業績が良いらしい。いずれにしても記事の日付は古い。これもポイだな。
再び定位置に戻ると、清乃が誰かと話しているのに気がついた。常日だ。本来なら正木先輩と一緒に講堂の片付けを監督しているはずなんだけど、どうしたんだろう。と思っていたら、清乃との話が一段落したのか、常日が一人でこっちに近づいて来た。
「お疲れ様、鮎」
「そっちこそお疲れ。講堂の方はもう片付いたの?」
「あとはモップがけをするくらいね。正木副会長に他を手伝うように言われてあなたたちの応援に来たってわけ」
まぁこっちもさして忙しくはないけどね。
「しかし意外だね」
「そう? 講堂の片付けなんて、それほど時間が掛からないと思うけど」
「じゃなくて、常日が正木先輩の言うことを素直に聞き入れるのが意外だって」
「誰の意見であれそれが的確な意見なら聞き入れているつもりですけど?」
急に語尾が丁寧語に変わる辺り、常日にも可愛らしいところがある。
「あ、そうだ。そんなことより鮎にちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
あたしが尋ねると、常日は辺りの様子を窺うような素振りを見せたあとで「あなた、昨日の夕方から今朝までの間に生徒会室に入ったりした?」と言った。
「入ったも何も、閉会式の後で一緒に生徒会室に行ったじゃん」
「だから、その後よ」
「ううん。みんなと一緒に出て、そのまま家に帰ったよ。今朝も教室からここに直行した」
「そっか……」
いつにもまして深刻そうな表情で常日は呟いた。
「何かあったの?」
「今朝、生徒会室の鍵開けをしたのは私なんだけど……どうも棚に入っているノート類の位置がずれているような気がしたんだ」
気のせいってことは、常日に限ってはないと思う。
「他のみんなには聞いてみた?」
「鮎が最後。みんな心当たりがないって言ってる。もちろん私もだよ」
「それって……誰かが生徒会室に忍び込んだかも知れないってこと?」
「それか、私たちの中の誰かが、嘘をついているのかも知れない」
常日は腕を組んで、苦いものを飲み込むようにごくりと喉を鳴らした。
「ごめん――昨日講堂であんなことがあったばかりだから、ちょっとナーバスになっているのかも」
「何か盗まれたものとかはありそう?」
「ざっと見た限りなさそう。パソコンとカメラも定位置にあった」
生徒会のお金は普段、職員室の金庫にしまってあるし、パソコンとカメラが無事だというなら泥棒に入られたわけではなさそうだ。
「ちなみに、常日が違和感を感じたのはどこの棚?」
「えっと、会長がミーティングの時に座る椅子があるでしょ。そのすぐ後ろのスチールラック」
議事録のノートが置いてある棚だ――そのことに気づくと同時に、あたしの体内を悪寒めいたものが走った。
何故だろう、ひどくやっかいな予感がある。
「常日、お願い」
気づいたときにはもう、あたしは思ったことを口に出していた。
「あたしが戻って来るまでここにいてくれないかな。確かめたいことがあるんだ」
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