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学校の昇降口で会長と別れたところで、サブバックの中のケータイがぶるぶると振動音を響かせた。なんだろう。すぐにケータイを手に取ると、清乃からのメールが届いていた。
件名:今どこー?
送信:山辺清乃
日付:10月28日12時16分
会長の付き添いご苦労さまですー。
急かすわけじゃないけど、できれば一時までに戻ってきてね。
衣装合わせするんで。
はて。バックヤードは普通の恰好で良いはずだから、あたしがいてもいなくてもどっちでも良さそうなものだけど。まぁ、戻るけどさ。
「っと、その前に」
あたしはシマパンで飲み物を買わなかったことを思い出して、なめくじ長屋の方へと向かうことにした。カレーパンとアンパンがあるのに牛乳がないというのでは、画竜点睛を欠くというものだ。
昼休みの時間帯でも、東高生は文化祭の準備で忙しく動き回っている。段ボール箱を担いで競うように駆けていく男子生徒の一団もいれば、教室内で脚立に乗って飾り付けをしている女子生徒の一団もいる。かと思えば中庭の隅で秘かに愛を囁き合っている男女なんかもいるので油断がならないわけだけど。
あたしは段ボール箱やら工具やらできかけのオブジェクトやらでごちゃつく第二校舎を抜けて渡り廊下に出た。なめくじ長屋の軒先に、紙パックの自動販売機がある。
幸い先客はひとりだけだった。これならすぐに買えると思っていたら、その先客がくるりとこちらに向き直った。
「よう、川原」
敷島だった。
「よ、よう。敷島」
もうちょっとましな返しはなかったのかと自分を責めたくなる。いや、挨拶を返すことができただけでも上出来なのかも知れないけど。
「休憩中か?」
「あ、うん。そんなとこ。そっちも?」
敷島は不機嫌そうにうなずいて、カフェオレのパックを見せた。
「カロリーメイトをこいつで流し込んだら、すぐまた作業だ」
「2-Bは何をやるんだっけ?」
「ミニ四駆のレース。段ボールでコースを自作しているんだが、二十畳ってのはやり過ぎだったな。今日中に完成するかどうか」
「二十畳ってすごそう。作る方は大変だろうけど」
「まったくだ」
敷島はまた、不機嫌そうにうなずいた。うなずいてから、妙なことを尋ねてきた。
「……あれから生徒会で何か妙なことが起きたりはしてないか?」
「ううん、特に」
あれからというのは三週間前に喫茶店で会ってからという意味で、何か妙なことというのは、神託の一件に関して何か妙なことという意味なのだろう。
「そうか。なら良かった」
「何か気になることでも?」
「川原は気にしなくて良い。明日の本番に集中してくれ」
何だよその言いぐさは。余計気になるっつーの。とは思ったが、確かに今は明日の本番に集中すべき時だ。だからあたしはちょっと口を尖らせて「その前にリハーサルがあるし」と言うだけに留めた。
「リラックスしてやれよ」
「それができれば苦労しないって。あたしは敷島みたいに鋼のメンタルの持ち主じゃありませんから」
「鋼のメンタルって……あのなぁ、俺だって緊張くらいするぞ?」
「そうなの?」
「そうだとも。大事なのは緊張を自覚しつつのびのびとやることだ。何、失敗したって死ぬわけじゃない。サッカーの試合に出ていたころは、毎回自分にそう言い聞かせてきたものさ」
意外だった。敷島が緊張に負けまいとして自分に言い聞かせてきた内容も、それをあたしに話してくれたことも。でも、そんなことでちょっと肩の力を抜くことができたのも確かで。
「しかし少しだけ残念だな」
「何が」
「相談を受けた手前脚本を読まないわけにはいかなかったが、どうせならオチを知らずに観たかった」
「あー、ごめん。そこまでは気が回らなかった」
っていうか観るの? 敷島も観るの? うーん、意識するとまた緊張してしまう。
「まぁ良いさ。楽しみにしている」
さらりとそういうことを言う。ええい、漏れ出すなよ弱音。
「敷島も――」
「ん?」
「敷島も、サッカーの試合頑張ってね」
「まぁ俺はそれこそ観てるだけだが――マネージャーとしてやるべきことはやらなくてはな」
「うん。健闘を祈ってる」
「お互いに」
敷島はそう言って、教室に戻っていった。
あたしは自動販売機にお金を入れながら、よしなきことを考える。
久々に外村さんと会って、敷島とも話して――なんとなくわかったことがあった。
あの高校生連続転落死事件が解決した後、敷島はあたしに言った。同じことなんだ、と。俺たちは一人きりなら人殺しだった。一人きりじゃなかったから、こうしてのんびりコーヒーを飲んでいられる、と。
敷島にとってはそうだったのかも知れない。でも、あたしは知っている。あたしとあいつの間に横たわる決定的な違いを。そして、あたしはだから、敷島に負い目を感じていた。今だって感じている。それが、あたしがあいつとまともに会話できなくなった本当の理由だった。
けど――。
生徒会で起きた奇妙な出来事について議論している時は不思議とそんな負い目とは無縁でいられた。常日の不安も正木先輩の悩みも、あたしにとっては罪悪感を遠ざけておくための材料に過ぎなかったというわけだ。
ずるくて卑しくてそのくせ、甘いものに憧れてしまう――結局のところ、あたしはそういうやつだった。調子に乗るなよなんて偉そうに説教を垂れる資格なんて何一つない。情けなくて、涙が出そうになる。
でも、泣いてたまるか、とも思う。
サッカー部の健闘を祈ったあたしに、あいつは「お互いに」と言ってくれたから。
生徒会なんて柄じゃないってずっと思っていたけど、相変わらずその思いは消えることなくあたしの中にあるけれど、ここで踏ん張らなければ、あたしはあたしですらなくなってしまう――。
ガコンと派手な音がして、牛乳パックが取り出し口に落ちてくる。オーケー。五分で食事を済ませよう。一鯨のリハーサルの前に、まずはクラス出展の方を片付ける必要があった。
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