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 生徒会内ではしばしばライオンに例えられる我らが生徒会長だけど、それは積極果断な行動力を評してのことであって、別に無辜の生徒にいきなり襲いかかるような暴れ者というわけではない。それどころか、おおざっぱに見えて細かいところまで見ているし、面倒見も良いので割と本気で人望があったりする。


 会長と一緒に校内を歩いている時、あたしはそのことをとみに実感する。


「あっ、名取会長! この間はありがとうございました」


「気にするな。それより明日は晴れそうだな。野外実験、楽しみにしているぞ」


 会長のサムズアップに顔を真っ赤にして喜ぶ化学部女子。


「お、会長さん! うちの試作品、ちょっと食べてってくださいよ」


「クッキーだろ? これから昼ご飯だからまた後でな」


 会長の答えに「約束ですぜ! とびきりを用意しときますんで」と言って走り去っていく調理部男子。


「おーい、名取。こんなんでどうだぁ」


 校門のところでは、入場ゲートの作成に取り組んでいる三年生の元美術部員が声を掛けてきた。


「良いじゃないか。しかし、三年生はもう引退じゃないのか? 元部長さんよ」


「後輩を美術室展示に専念させてやるのも俺らの役割でなぁ」


 入場ゲートはおそらく市内にある古い洋館を真似たものだった。一週間やそこらでできるものじゃない。一体いつ頃からあんなものを作っていたのだろう。と言うか受験勉強は大丈夫なのか、三年生。


「くれぐれも安全には気をつけてくれよ」


「構造なら何度もチェックしたさ」


「それもあるが、お前らも怪我をするなってこと」


「へーい」


 やっぱり名取会長は人望ある。あたしはそんな人の隣を歩いていることを、ちょっとだけ誇りに思う。獅子の威を借るイヌ科動物と言われればそれまでだけど。


「やれやれ、やっと外に出られたな」


 会長は往来をのんびりつ歩きながら、うーんと伸びをする。ちょっと仕草がおっさんくさい。すましていれば黒髪ロングの超絶美人なんだけどなぁ。


「どうする? 先にシマパンで昼ご飯を買っていくか?」


「交番にビニール下げて持ってくのはちょっと。後で良いですよ」


「言われてみれば確かにそうだ。よし、カワの言うとおりにしよう」


「けど、文化祭の準備の大丈夫なんですか?」


「ああ。今日は結構暇だよ。一鯨のリハまでこれといってやることはない」


 そういうものなの? と思ったのが顔に出てしまったらしい。会長はにやりと笑って続けた。


「わかってないな、カワ。生徒会の仕事ってのは歯車が回り始めるまで――準備が九割なのさ。一旦歯車が回り始めてしまえばあとは勢いに任せるだけ。じたばたしてもしょうがない」


 多分名取会長は人の上に立つということがどういうことかを知っている。そしてそのことを会長自身も恃みとしているのだろう。だからぶれない。曲がらない。


 どんな体験をすればこんな十八歳になれるのだろう。自分とたった一歳しか違わないというのに、そのたった一歳が計り知れない隔たりのように思えてくる。


 いやしかし、あたしは知っている。普段の豪放磊落ごうほうらいらくさが嘘のようにあどけなくも可愛らしい笑みを浮かべる会長の姿を。あれは一体何だったんだろう。


 名取会長と談笑する男性――清乃によれば父親ではない――について、敷島は面倒くさそうに「親戚かなんかじゃねえの?」と言っていたが、あたしと清乃は納得しなかった。あたしたちくらいの年代の女子が親子くらい年の離れた親戚に対してあの親密さというのはちょっと信じがたいものがある。


 とは言え、父親でもなく親戚でもないなら――などと考え始めると、ついまずい方向に想像を巡らせてしまうわけで、この三週間あたしはなるべくあの日のことを考えないようにしていた。


 うーん。名取会長に限ってないとは思うけど……都会とかではあるらしいじゃないですか。その、援助ナントカってやつ。


「見えてきたぞ!」


「おあっ、はいっ!」


 会長の声で、あたしの心は強制的に現実へと引き戻される。引き戻されるついでに、あまり思い出したくないことまで思い出す。百歳交番には、顔見知りの婦警がいるのだ。信頼できて、理性的で、でも、怒るとめっちゃ怖いひと。正直、苦手。


「失礼します。五十海東高校生徒会です」


 あたしの心の内を知るよしもない会長は、土蔵アレンジしたような三角屋根の建物――百歳交番まで来ると、迷うことなくドアを開けて挨拶をした。


「こんにちは、会長さん。あら……?」


 顔を上げたのはやっぱり高校生連続転落死事件の際に知り合った婦警――外村さんで、すぐにあたしの存在にも気が付いたようだった。


「後ろのいるのは川原さんじゃない。今日はどうしたの?」


「まぁ、その、会長のお付きで」


「あ、そうか。川原さん、生徒会に入ったんだったわね」


 誰から聞いたのか知らないけど、表情から察するにどうして生徒会に入らざるをえなかったかまでわかっている風だ。


「会長さん、川原さんの仕事ぶりはどう?」


「良いですよ。元気があって、実に良い」


「そう? でも、ちゃーんと首に縄をつけておいた方がいいわよ? この子、放っておくと何をするかわからないから」


 冗談めかして言ってるけれど、目は笑ってない。くそう、やっぱり苦手だぞ!


「それで、二人そろって来てくれたのは文化祭のこと?」


「ええ。いよいよ明日に迫ったので、改めて挨拶にうかがいました。渋滞やら迷子やらいろいろご面倒もあるかとは思いますが、よろしくお願いします」


「毎年のことだからお気になさらず。無事の成功を祈っています」


「ありがとうございます」


 それから外村さんは会長と事務的なやり取りをした後で「二人ともよかったら、こっちに回ってお茶でも飲んでいかない?」と誘ってきた。


「多分もう少ししたら――」


 外村さんの声に、入口のドアが開く音が重なった。


「失礼するぞ、外村君」


 渋いバリトン声とともに、スーツ姿の男性が入ってくる。清潔そうな白髪頭と、鋭角的な顔立ちには見覚えがあった。スターブックスで会長と一緒にいた人だ!


「噂をすれば、影ですね。西郷さいごう警部」


 外村さんがそう言うと、男性――西郷氏は、こそばゆそうにあごひげの剃り跡を撫でた。


「噂をしてたのか。いや、近くを通りがかったから立ち寄っただけなのだがね……うん? ちょっと待て」


 ふいに西郷氏の声色が変わった。その視線は名取会長に向いている。


「何で文香がここにいるんだ? もしかして、万引きでもしたのか?」


「人聞き悪いこと言わないでよ――父さん」

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