Detective Side

 人気のない多目的スペースで警部補はずっと考え込んでいる。


 床にはビニールシートが広げられ、その上に山辺清乃の着衣や持ち物などが並べられていた。


「ここにいらしたんですか」


 部下の大男が部屋に入ってきて、言った。


「本部長、おかんむりでしたよ」


「そう」


 警部補は気のない返事をすると、ビニールシートの側でしゃがみこんで、スーパーのビニール袋を手に取った。山辺の死体のすぐ近くに捨てられていたものだ。


「事件当夜、山辺清乃がこのスーパーで買い物をしていたことについては裏が取れているんだよね」


「ええ。複数の店員から証言が得られました」


「シリアル一袋、ヨーグルト一個、鶏胸肉一パック、長ネギ一本、冷凍うどん六個いり一袋、ニンジン一本、卵十個入り一パック……」


 袋の中に入っていた食料品は衛生上の都合で別の場所に保管されているが、品目は彼女の記憶の中にあった。


「買ったのはこれで全部?」


「過不足なく、全部です。一緒に入っていたレシートはもちろん、POSデータまで確認しましたので、間違いありませんよ」


「どれも未開封だったってことで良いんだよね?」


「もちろんです」


「ありがとう」


 警部補は空のビニール袋を元の位置に戻した。


「そろそろ戻りませんか? 今は公園付近の聞き込みに集中する時ですよ」


「待って。もう少しだけ」


 それから警部補は山辺清乃の持ち物だったスマートフォンを右手で拾い上げ、空いている左手でパン、パンとパンツスーツの尻を叩いた。


「うん。ありえない。とすると彼女はいつ、どこで殺されたのか。そして、そのことを隠すために必要なことは何か――」


 眼鏡の奥の瞳がすうっと細くなり、そして、何かを捉えた。


「本部長は勘違いをしている」


 警部補はゆっくりと立ち上がって、続けた。


「やっぱり山辺清乃を殺害したのは首飾り売りではないね。川原鮎だよ」


「そんな馬鹿な」


「馬鹿じゃないさ。証拠も、多分ある。鑑識の連中を動かそう」


「公園内の捜査で全員出払ってますって。そうでなくとも本部長が了とはしないでしょうが」


「なら、我々でできることをしよう。川原の写真を持って、夜遅くまで営業している食料品店をしらみつぶしに当たってみるんだ」


「事件当夜、彼女が公共料金を支払うのに訪れたコンビニなら調べが済んでますよ」


「そうじゃない。私の推理が正しいなら川原はもう一件スーパーなりコンビニなりに立ち寄っている――そしてそれこそが彼女にとってのアキレス腱なんだ」


 そこまでほとんど一呼吸でまくしたてると、警部補はふいにあらぬ方向を向いた。


 周囲から少しずつ明るさが失われていき、ついに部下の大男さえも暗闇の中に消えた。あとに残ったのは一条の光――スポットライトに照らし出された警部補、ただ一人だった。


「山辺清乃を殺害したのは川原鮎です。彼女は山辺清乃を殺害した後、首飾り売りの手口をまねて公園に死体を遺棄しました。


 を見下ろして、警部補――老松常日は淡々と続ける。


「少し話を先取りしますが、川原は公共料金を支払いに利用したコンビニエンスストアとは別にもう一件、市内のコンビニエンスストアに立ち寄っていました。その事実を踏まえ、我々はあるものについて科学的な調査をし、ついに川原鮎こそが犯人だという確たる証拠を掴みました」


 客席のどこかで、誰かがごくりと喉を鳴らしたようだった。もちろんそれは脚本に書かれていないことだった――。


「川原鮎は何のためにもう一件のコンビニエンスストアに立ち寄ったのでしょう? そして、彼女こそが犯人だという確たる証拠とは一体何なのでしょう? 全ては彼女の事件当夜の行動を推理することで見えてきます。是非、

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