3-8
どうして『至高のトリック』なのかと問われても、もちろんあたしには脚本家の真意などわかるはずがない。とは言え、わかっていることもないわけではなかった。
「敷島が言いたいのは、この脚本にはトリックらしいトリックが出てこないのにどうして『至高のトリック』などとご大層なタイトルがついているのかってことだよね」
「そうだ。脚本の出来不出来はともかくとして、こいつのどこが『至高のトリック』なのか俺にはさっぱりわからない」
「じゃあ聞くけど、敷島はミステリーのトリックってどういうものだと思う?」
「そりゃあ、密室のトリックとか、アリバイの偽装トリックとか……」
敷島は暇な時に小学生探偵が活躍するアニメを観るくらいであまりミステリーに詳しくない。だから、どうしてもトリックというと密室やアリバイのトリックをイメージしてしまうんだろう。でも、それがミステリーのトリックのすべてじゃない。
「元来トリックというのは犯罪行為を隠蔽するための工作全般を指す言葉だから『至高のトリック』の犯人がやった行為――死体の移動や連続殺人事件への便乗なんかも広くはトリックと言えるんじゃないかな」
「トリックという言葉自体は、この脚本にふさわしくないとまでは言えないのか」
「まぁね。でも、『至高の』という修飾語にふさわしいかはまた別問題」
そう言ってから、あたしは思わずふっと息をついてしまう。
「……実はあたしも敷島と同じところでずっと引っかかっていたんだ」
「そうだったのか」
「ついでに言うと、おそらくこれだろうって答えも持ってる」
「さすがだな」
「よしてよ。これは単に知ってるかどうかだけのことなんだから。それに、もしあたしの答えが正解だったなら、よけいに脚本の内容とタイトルがかけ離れたものになってしまう」
「話が見えないな。川原の答えってのは一体どんなものなんだ?」
「これから星雲堂書店に行ってみない? 多分、その方が話が早い」
敷島は半信半疑の様子だったがともかく本屋に行くことには同意してくれた。すぐにテーブルの上を片付けて、店の外に出る。
相変わらず外はこれでもかというくらいの散歩日和で、あたしはついついゆっくりと歩きたくなってしまう。
「今日はいつになくのんびりだな」
「そう?」
「ああ。いつもとは逆だ」
言われるほどいつも一緒に歩いてはいないし、置いてけぼりにしたこともないはずなんだけど。まぁ何となくせかせか歩いている印象を持たれているのかもしれない。まぁ待つのは嫌いじゃないけど待たせるのは苦手だ。あたしは敷島にそうと悟られないよう、さりげなくちょっとずつ、いつもの歩き方に戻していく。
「敷島は至高という言葉で何を連想する?」
本屋まであと数十メートルに迫ったところで、あたしはそんなことを尋ねた。
「至高……至高……極限流空手とか?」
「ちょっと空手には詳しくなくて」
「中学時代の友人に映画と格闘ゲームが好きなヤツがいてな」
「ごめん、ますますよくわからないんだけど」
「忘れてくれ」
「敷島がそう言うなら」
星雲堂書店は郊外によくある平屋建ての広い本屋だった。近年は漫画やライトノベルの売り場スペースの拡大に合わせて縮小の傾向にあるものの、店長の趣味なのか、ミステリーやSFの品揃えが充実している。
「こっち来て」
あたしは早速ミステリーの本棚へと敷島を案内する。うーん、こういう状況じゃなければ、久しぶりに本探しをしてみたくなるんだけど。古都を舞台とした吸血鬼ミステリの新鋭・
「どこだ」
いかんいかん。あたしは気を取り直して、目当てのタイトルを探すことにする。うーん、さすがにノベルス版はもう置いてないよね。なら文庫だ。
「究極」
「うん?」
「『美味しんぼ』って読んだことない?」
「ああ。そう言えば部室に置いてある古い雑誌に載ってたな。究極のメニューと……そうか、至高のメニューか!」
あたしは大きくうなずくと、棚から一冊の文庫本を取り出した。
「最後のトリック?」
タイトルを途中まで読み上げて、敷島は怪訝な顔をした。黒い帯に赤字で大きく書いてある奇妙な文言に目を奪われたのだろう。
「この本はノベルス版では別の題名がつけられていたの」
あたしはそう前置きして、そのタイトルを敷島に告げた。
「ウルティモ・トルッコ。究極のトリックという意味のスペイン語だね」
「至高のトリックに対して、究極のトリックか。なるほど――しかし、その帯は一体何なんだ?」
そう。敷島が指さした帯には、大きく『読者全員が犯人』と書いてあった。
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