3-6

「どうしてそう思ったんですか?」


 敷島が落ち着き払った声で尋ねると、正木先輩は坊主頭をざりりと撫でた。


「見つかったメモ用紙が七枚だったからだよ」


 さすがにこれだけでは何のことだかわからない。あたしは思わず敷島を見てしまうが、あっちも意図を測りかねているらしく、小さく首を横に振った。


「もう一度神託の流れをおさらいしておこう。俺が全員分のメモ用紙を回収し、信託ボックスを老松さんに渡す。老松さんが、箱から一枚を取り出して、名取に渡す。この時点で箱の中には六枚の用紙が入っていた。ここまでは良いよな」


 七引く一で六枚。当然そういうことになる。


「問題は老松さんが引き当てた七枚目がいつ箱の中に入れられたかだ。俺は回収役をしていたからよく覚えているんだが、老松さんと山辺さん、それに名取の三人は箱に直接入れるのではなく、俺にメモ用紙を手渡したんだ。もちろんみんな、一枚だけしか手渡していない」


 常日が全く同じ証言をしたことを知ってか知らずか、正木先輩ははっきりした口調で言い切った。


「残るのは川原さんと仲ちゃんだけど、この二人も無理だ」


「どうしてです?」


 そう問われて正木先輩、紙ナプキンを畳み敷島にほれと手渡した。


「こいつをマグカップの中に入れろと言われたら敷島はどうする?」


「……なるほど。確かに正木さんの言う通りですね」


 敷島は人差し指と親指の間に挟んだ紙ナプキンを見つめてにやりと笑った。


「二枚のメモ用紙をこっそり箱に入れるには、手の中に握りこむ必要がある。でも、悪さをする気がないなら、そうやって指先でつまんで入れるのが普通だよな。川原さんと仲ちゃんもそうだったし、俺の目に曇りがなければ二人とも一枚ずつしか投函していないはずだ」


 おお、仲井君だけでなくあたしの潔白まで保証してくれた。


「神託が始まってからは、メモ用紙を余分に投函することは誰にもできなかった。なら、始まる前はどうか? それも不可能だ。名取から箱を渡されたときに中に何も入っていないことを確認している。老松さんが引き当てた七枚目がいつ箱の中に入れられのか――誰にも入れることはできなかったというのが、俺の結論だ」


「しかし、現に無記名の七枚目はありました」


「うん。そこで問題になってくるのが、老松さんが七枚目を引き当てたのは本当に偶然だったのかだ」


 正木さんはそこでいったん話すのをやめて、コーヒーカップを手に取ると、ごくごくと音を発てて抹茶ラテを飲み干した。


「『至高のトリック』はよくできた脚本だ。いや、俺には脚本の良しあしはわからん。わからんが、計画書としてなら採点することができる。あれは百点満点の実施計画書だよ。だからこそ、あんなものが他に二冊も三冊もあるとは思えない。脚本家が用意したのは『至高のトリック』一冊きりだったと確信している」


 それもまた、正木先輩が脚本家ではないかと疑っている常日とほぼ同じ意見だった。なんというか、意外なところで考えが一致する二人である。


「となれば脚本家は用意していたはずだ――七枚のメモ用紙の中から必ず無記名のメモ用紙が選ばれるためのトリックというやつを」


「老松が七枚目を引き当てたのは本当に偶然だったのか――そうではないら必然的にあの一枚を引き当てたのだというのが正木さんの答えというわけですね」


 正木先輩は我が意を得たりとばかりに大きくうなずいた。


「そこまでわかれば後は簡単だ。さっきも言ったように、無記名の七枚目は誰にも入れることができなかった。もちろん箱に何か細工をしていたということもない。となれば、神託ボックスには六枚しかメモ用紙が入っていなかったと考える他ない――少なくとも、老松さんが箱に手を突っ込むまでは」


 お、おう、とまたも感嘆の声を上げそうになってしまう。そうか。握りしめた手を箱の中に突っ込んでも不審に思われない人間が、一人だけいるのだ。


「老松さんはメモ用紙が回ってきたときにさりげなく二枚ちぎって手元に置いたんだろう。もしかしたら、そのうち一枚は普段から使っている手帳の中に挟み入れたのかもしれない。そして、残る一枚はテーマと名前を記入して普通に投函する。その後、手帳に何か記入するふりをして、もう一枚のメモ用紙に『ミステリー』と記入し、手帳の陰で折りたたむ。最後に折りたたんだメモ用紙を握りこんだ手を箱の中に突っ込み、さもそこから取り出したような体で名取に手渡すと、そんな具合に必然を引き当てたというわけだ」


「待ってください」


 気を取り直して、あたしは正木先輩の推理でひとつ気になったことを口に出す。


「常日がメモ用紙を引く役割を任せられたのは生徒会長に指示されたからですよね。そのことをあらかじめ予想しておくのは難しいんじゃ?」


「そうでもない。老松さんは生徒会のナンバースリーだ。神託を執り行うにあたって何らか役割を振られる公算は高かったはずだ」


「ナンバーツーがいるじゃないですか」


「いるにはいるが、遅刻の常習犯だ。あの日も遅刻して雑用に回されるだろうという予測は成り立つし、事実そうなった」


「自分で言わないでください」


「悪い悪い」


 正木先輩は軽いノリで謝ってから、敷島の顔をじっと見つめた。


「どう、思う?」


「俺の考えでは、老松が脚本家である蓋然性は低いと思います」


「そうか――」


 ほっと吐き出すように言ってから、正木先輩はかぶりを振った。


「いや、説明はあるんだよな」


「簡単なことです。


 さっき正木先輩が言ったことを敷島はほとんどそのまま繰り返した。


「どういうことだ?」


「もし老松が脚本家だったとして、確実に自分の案を通したいなら、もっと簡単な方法があります。メモ用紙に自分にだけわかるようなクセをつけておくんです」


「クセ?」


「確か、メモ用紙は八折りにして投函することになっていたんですよね?」


「ああ、俺がそう言った」


「だったら内側に折り目をつけておくとか、角を丸くしておくとかすれば良いんですよ」


「いわゆるガン付けってやつか。しかし、後で全員分のメモ用紙を取り出して並べたときにそれとわかってしまんじゃないか?」


「念入りに調べればそうでしょうね。ただ、このケースでは明らかに不正とわかる無記名の七枚目は存在しません。となれば、メモ用紙の状態をひとつひとつ確認しようなどということにはならず、すんなり老松の案が承認される見込みは高いのでは?」


「確かにそれはそうだな」


「老松が真実脚本家だったなら、わざわざ不正の証拠を残すようなやり方をしなくても、もっと安全なやり方があったはずです。にも拘わらず、無記名の七枚目を引いたふりをするというのは、リスクとリターンがまるで見合っていないやり方です。聡明な老松がそんなことをするとも思えません。繰り返しになりますが、彼女が脚本家である蓋然性は低いと思います」

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