3-5
敷島のケータイに正木先輩からのメールが届いたのは待ち合わせの五分前のことだった。
すぐにスターブックスカフェに向かうと、青いデニム地の
「よく来てくれたな、敷島」
「いえ。それより驚いてます。正木さんが時間通りに来るなんて」
「こいつめ」
正木先輩は大きく笑ってから、あたしにも「来てくれてありがとう」と言ってくれた。
「いえいえ。押しかけちゃってすいませんね」
「とりあえず中に入るか。二人とも、今日は好きなものを注文して良いぞ!」
何となくこの人にそう言われると別に遠慮しなくて良いかなって気になってくる。
とりあえず中に入って、メニューを物色。うーん、それじゃ秋だしマロンキャラメルマキアート的なやつを。敷島は今回もブラック。と思ったら一緒にスコーン頼んでる! あとでちょっともらおう。
「って、本当に遠慮なく頼んじゃいましたけど、大丈夫ですか?」
「案ずるな。実はここに来る前に星雲堂で本を買っていてな。レシートを見せれば五十円引きだ!」
わかりました。それなら案じないことにします。あと、声がだいぶ大きいです。
「他に注文するものはないか? それじゃあ二人は先に座っていてくれ」
「ごちそうさまっす」
あたしと敷島はそう言い残して、先ほど利用したのと同じテーブルを目指した。
「珍しいね」
「何が」
「いや、敷島が遠慮しないってのは」
「あの人にはあまり気遣いの必要を感じない」
まぁそういうキャラクターではあるけれど。敷島にさえそう言わせるというのは、ある意味正木先輩の器の大きさなのかも知れない。
「あ、そうだ。紙ナプキン持ってくるよ」
「俺が行こう」
「良いって。さっきは敷島がやってくれたから、今度はあたし」
無理やり敷島を椅子に座らせてセルフコーナーに行くと、ちょうど正木先輩がトレイをもってこちらに来るところだった。
「先輩は何を頼んだんですか?」
「抹茶ラテだよ。コーヒーは苦手でな」
「何からしいですね」
「ラテ抜きならなお嬉しいんだが、さすがに断られた」
正木先輩はあたしに案内された席に腰を落ち着けると、形だけ抹茶ラテに口を付けてから「さて、どこから話そうか」と口火を切った。
「川原もいるんで、この間の電話で俺に話してくれたことをもう一度繰り返してもらっても良いですか?」
「心得た」
大きくうなずいて、正木先輩は神託の日のことを話し始める。常日のようにてきぱきした感じはないが、その訥々とした話しぶりは不思議とわかりやすく、どこか説法めいた雰囲気すらあった。
「――神託についてはこんなところだけど、あの場にいた川原さんから見て、何かおかしなところはあったかな」
「特にないですけど……あ、そうだ。正木先輩が神託ボックスにメモ用紙を入れたのって、どのタイミングですか?」
「もちろん真っ先に書いて投函したぞ。書く内容は決まっていたしな」
隣の席にちらりと視線を走らせると、敷島があたしにだけわかるように微かにうなずいた。うん、やっぱり常日の説には無理がある。
「神託の日、名取会長と正木先輩は遅くまで生徒会室に残ってましたよね? いつ頃までいたんですか?」
「俺も名取も七時近くまでいたよ。二人で一緒に生徒会室を出て、校門のところで別れたんだ」
「七時って、とっくに最終下校時刻を回ってるじゃないですか」
「ふっふっふ。昇降口が閉まるのは十九時以降だから、それまでに学校をでれば先生方もそうそううるさいことは言わない。ただし、教頭は除く」
とても副会長の言葉とは思えない。まぁ、名取会長も一緒だったみたいだけど。あたしは常日が正木先輩に対して抱く気持ちにちょっとだけ親近感を覚えつつ、肝心かなめの質問を口にする。
「生徒会室を出たとき、意見箱の中に『至高のトリック』が入っていたかどうかは覚えていますか?」
「入っていなかったと思う。近づいて確かめたわけじゃないが、あれだけ分厚いものが突っ込んであって、俺も名取も気づかないってのはちょっと考えられないな」
「――廊下に明かりはついていたんですか?」
口をはさんだのは敷島だった。
「いや、消えていたが」
だとすれば、生徒会室の外はすっかり闇に包まれていたはずで、二人が意見箱の異変を見落としても何ら不思議ではない。
「おかしいな。敷島の言わんとしていることはわかるんだが、俺の直感が見落としようがないと訴えている」
なんだいそりゃ、と思ってからあたしは答えに行き当たった。
「月明かりだ」
「なるほど。言われてみればあの日は月が綺麗だったな」
あたしの呟きにまず敷島が反応し、遅れて正木先輩もぽんと膝を打った。
「そうだそうだ。あの日は大きなお月さんのおかげで、廊下が随分と明るかった」
と言うことはやっぱり、名取会長と正木先輩が生徒会室を出た時点ではまだ意見箱に『至高のトリック』は入っていなかったことになる。さらに二人が校舎を出たのは昇降口が閉まる直前ということもあわせて考えると、あの脚本は神託の翌日――朝七時に昇降口が開き、七時半に常日が生徒会室を訪れるまでの間――に入れられた公算が高いのではないか! かなり絞り込めた気がする。
「ところで正木さん」
あたしたあれこれ考え込んでいると、敷島はつい一時間前に常日にしたのと同じように、正木先輩の方に向き直った。
「こうやって相談を持ちかけようと思ったのは、正木さん自身が何か事件について確信めいたものを持っているからなんじゃありませんか?」
しばらくの沈黙の後で、正木先輩はうなずいた。
「実はそうなんだ。俺は老松さんが脚本家なんじゃないかと考えている」
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