3-3

「常日のことだから何か根拠があるんだよね?」


 あたしが尋ねると、常日はこくりとうなずいた。


「今まで私が理由もなくあの人のことを責めたことがあった?」


 ない……と思う。理由さえあれば躊躇なく責めるとしても。


「詳しく聞かせてもらえないか?」


 敷島が尋ねると、常日は再びこくりとうなずいてから、コーヒー入りミルクをごくごくと飲み干し、紙ナプキンで丁寧に口を拭ってから語り始めた。


「脚本家は神託の際に二枚のメモ用紙を箱に入れた。一枚は記名のある正統な提案で、もう一枚は無記名の不正な提案ね。これは二枚のメモ用紙を一緒に握りこんで箱に入れれば良いだけのことだから、それほど難しいことじゃない。となると問題はだと思うの」


 常日はそこまで言うと、あたしを見た。


「あの時、誰がどういう案を出したかは覚えてる?」


「もちろん。会長が時代劇で正木先輩が刑事ドラマでしょ。常日はウェストサイドストーリーで、清乃が時をかける少女。仲井君はええと、ゾンビものだったはず」


「川原は不思議の国のアリスだったと聞いている」


「余計なことは言わんで良い」


 常日がおほんと咳払いをした。


「二人とも、気づかない?」


「気づくって、何に」


ってことに」


 おう、と感嘆の声が漏れそうになった。言われてみれば確かにそうだ。


「あれだけの力作だもの。一冊作るだけでも大変だったと思うよ。でも、正木副会長以外の誰かが脚本家だったとすれば、それをもう一冊作ることになる。それはあまり現実的じゃないかなって」


 確かに二つ脚本を作るよりは、一つの脚本に合致するテーマを二つ用意した方がずっと簡単だ。そして、実際にそれができたのは正木先輩ただ一人なのだ。


「正木さんが脚本家だったとして何故そんなことをやったのだと思う?」


「自分が作った脚本に自信があって、少しでも当たる確率を高くしたかった。それ以外にないでしょう。あるいは――」


 何かを言いかけて、常日がふいにあさっての方を向いた。首筋がちょっと赤い。怒っているのか、あるいは照れているような仕草だった。


「ううん、私にはあの人が何を考えてるのかなんてわからない。でも、考えれば考えるほどあの人が脚本家にしか思えなくって……」


 常日にしては珍しく歯切れの悪い言い方をする。うーん、何を言いかけたんだろう。


「老松の言うとおり脚本家が二枚のメモ用紙を一緒に握りこんで投函したのだとして、だ」


 しばらくして敷島が自分のコーヒーカップを見つめながら言った。


「実際にそうすることができたのは、三人に絞られる」


「直接箱にメモ用紙を入れた仲井君と鮎、それにメモ用紙の回収を担当した正木先輩のことを言っているの?」


 常日が尋ねると、敷島はコーヒーカップを見つめたまま「そうだ」と答えた。


「仲井君は難しいんじゃないかな。なかなか回収箱に届かなくて、手先までぴん伸ばしてやっと投函したくらいだから」


「なら、お前と正木さんの二択だ」


 ぎゃふん。


「まぁこの際川原のことはどうでも良い。重要なのは正木さんに二枚のメモ用紙をまとめて投函する機会があったということだな――正木さんがどのタイミングでメモ用紙を投函したかは覚えているか?」


「わかる、常日?」


「ううん。でも、メモ用紙を入れたのは鮎が最後だったから……多分、一番最初に投函してそれから集めて回ったんじゃないかな」


「ちなみにそのメモ用紙なんだが、神託に使う用紙は決まったものがあるのか?」


「特に決まりはないよ。あの時もたまたま円卓の上に置いてあったブロックメモの一つを使っただけで、それでなきゃいけないわけじゃない」


「なるほどな」


 低い声で呟いてから、敷島はゆっくりと顔を上げた。


「俺の考えでは、正木さんが脚本家である蓋然性は低いと思う」


「どうして?」



 あたしと常日は思わず顔を見合わせる。相変わらず敷島の説明は飛躍が多い。


「正木さんが生徒会室に来たときにはもう、他のメンバーにはメモ用紙が行き渡っていたんだろう? そういう状況で二枚ちぎるというのはかなりリスキーな行動だ」


「それはどうかな。みんな自分の手元に集中しているわけだし、さりげなく二枚まとめてちぎれば気づかないんじゃない?」


「ちぎるのは上手くやれたとしてもその後はどうだ? 書くのと折るのは一枚ずつやるしかないんだ。どうしたって時間がかかってしまうはずだ。それなのに、一番早くにメモ用紙を投函したのが正木さんだったのは、彼が握りこんでいたメモ用紙が一枚だけだったからに他ならない」


「待った待った。正木先輩がズルしていたとするなら、当然のこと書く内容は決まっていたってことでしょ? それなら二枚書くにしても他のメンバーより早くに書き上げることができておかしくはないんじゃない?」


 あたしの指摘に敷島は小さく肩をすくめた。


「……神託の開催は半ば決定事項だったんだろう? そんな状況であらかじめ書く内容を考えておかないのは川原くらいのものだ」


 さっきから酷い言われようだ。と思っていたら、常日にまで「確かにそうね」と言われる始末! くそう。ずっと考えてはいたんだよ。決めかねていただけで。


「遅れて生徒会室に来た正木副会長が誰よりも早く二枚のメモを投函するというのは確かに無理があるかもしれない。でも、メモ用紙のうち一枚をあらかじめ準備していたとしたらどう?」


 常日の指摘にも敷島は動じなかった。


「神託に使う用紙はあらかじめ決まっていたわけではなかった。そしてまた、正木さんがいない間に決まった。であれば、あの人には事前にメモ用紙を準備することは難しいだろう」


「それも駄目か……じゃあやっぱり、正木副会長は脚本家じゃなかったんだ」


「今ある材料だけでまったくないと言い切ることはできないが、正木さんが脚本家だったならもっと早くに生徒会室に来たとは思う。遅刻したことで無駄にハードルが上がっていることは間違いないからな」


 敷島はコーヒーカップの縁を指先でなぞりながら続ける。


「それに、仮にうまく投函することができたとしても、イカサマをしたことがばれるのは時間の問題だ。それでいて、当選確率は一割ちょっとしか上がらない。リスクとリターンがまるで見合っていない。あの人は時々突拍子もないことをするが、馬鹿ではない。だから、繰り返しになるが、正木さんが脚本家である蓋然性は低いと思う」


「そう――」


 細い手を胸に当てて、常日が言った。どこか気の抜けたような声だった。


「まさかここまで徹底的に駄目出しされるとは思っていなかったけど、納得はできたし、かえってほっとしたよ。ありがとう、敷島君。ついでに鮎も」

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