幕間
Criminal Side
ゴミ袋を持って階段を下りると、アパートの前に数台のパトカーが止まっているのが目に映った。
あたしは素知らぬ顔で公道に出ると、ゴミ置き場のネットを持ちあげてゴミ袋を滑り込ませる。大丈夫、何も変わりはない。どこまでも普段通りの行動のはずだ。
「すいません、このアパートの方ですか?」
ネットを戻してさぁ会社に行こうというところで、ふいに背後から声を掛けられた。
「そうですけど?」
振り返った拍子に今捨てたばかりのゴミ袋を踏みつけて、中に入っていた卵の殻をばりばりと砕いてしまう。最悪だ。
あたしの声を掛けてきた女も驚かせてしまったことを申し訳なく思ったのだろう。「驚かせてしまいましたね。すみません」と言って丁寧に頭を下げてから、警察手帳を示した。
「刑事一課の警部補さん、ですか」
「はい。昨晩このアパートの住人が亡くなりましてね」
「それは災難でしたね」
警部補は一瞬目を細めた後で、警察手帳をバッグにしまいこんだ。
「――ちなみに亡くなられたのは、302号室の山辺さんです」
「え? 清乃が? 一体どうして?」
最初は他人事っぽく。名前を聞いたらあざとく驚く。なかなか上手い演技が出来ているんじゃないだろうか。
「面識があったんですか?」
「友人です。時々、映画を観に行ったり。どちらかの部屋で一緒にご飯を食べたりする仲でした」
さりげなく302号室に行ったことがあることもアピールしておく。清乃の部屋にあたしの指紋が残っていたとしても、それはだから何ら不自然なことではないのだ。
「お名前を窺っても良いですか? それとお住まいの部屋も」
「川原鮎と言います。部屋は102号室です」
あたしは警部補の問いに答えてから、腰に手を当てて焦れったそうな顔をする。
「それで、清乃の身に何があったんです?」
「このところ五十海市を騒がせている無差別殺人鬼――
「もちろん知ってますけど……」
あたしはいかにも今気づいたというように、はっと息を飲んでみせる。
「まさか、清乃はあの首飾り売りに殺されたって言うんですか?」
「そのまさかです。山辺さんの遺体は桜ヶ池公園の奥で発見されたのですが、その首には絞められたような痕跡があり、さらにビニール紐まで巻き付けられていました」
「……ニュースで見た首飾り売りの手口そのものですね」
「山辺さんは夕べ、仕事の帰りに公園付近のスーパーに立ち寄り、食料品を買い込んで家に向かおうとしたところを、首飾り売りに襲われたものと思われます」
「確かにあの公園は、清乃の職場から帰る途中にありますね」
「そうなんですか?」
あたしはこくりとうなずいて、清乃の職場の住所を伝えた。
「絶対に犯人を捕まえてください。亡くなった清乃のためにも」
「もちろんです」
警部補はそう言ってから、思い出したように「念のため、川原さんの連絡先を窺っても良いですか?」と尋ねてきた。
「それは別に構いませんけど」
警部補があたしのことを疑っているのか、それとも単なるルーチンワークなのか正直判断がつきかねたが、かといって教えないわけにもいかない。あたしは勤務先の連絡先と自宅の電話番号を伝えて「日中六時までは会社に、それ以降は自宅に連絡してください」と言った。
「携帯電話はお持ちではないんですか?」
「そうなんですよ」
「今時珍しいですね」
「よく言われます」
「では、何かあれば連絡します。出勤途中にお邪魔しました」
警部補は軽く頭を下げると、あたしに背を向けた。
「そうだ、川原さん」
と、思ったら急に振り返ってきた。
「はい?」
「先ほど山辺さんが亡くなられたことをお伝えしたときにあなたは『災難でしたね』と仰いましたが、どうして『災難』だと思ったんですか? 私はまだ、彼女がどうして亡くなったのかを説明していませんでしたよね」
そのことか。実はあたしも言ってからマズったなと思っていたんだ。でも、対策は取ってある。
「説明しましたよ。自分は刑事一課の人間だって。その時点で、清乃の身に何か良くないことが起こったということだけはわかりました」
「鋭いですね」
「そうですか? 普通だと思いますけど」
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