2-8

 東高の講堂は、なめくじ長屋の奥――小校舎の向かいにある。すぐ隣に体育館ができるまではスポーツ施設を兼ねていたらしく、今でもバスケットのゴールや肋木などが残っている。


「連絡もしないで来るのはよしてちょうだいっていつも言ってるでしょ」


「初めに妙だと思ったのは、山辺さんのズボンにスマートフォンが入っていたことです。それも――」


 講堂に入ると、ステージの上で台詞の読み上げ練習をしている清乃と常日の姿が目に映った。もっとも、被害者役の清乃と警部補役の常日は一緒に登場するシーンがないので、それぞれ別個に練習をしているようだった。


「二人とも結構雰囲気でてるなあ」


 それ以前に声量がすごい。二人の声は、講堂に入ったばかりのあたしたちのところまで、はっきりと届いているのだ。特に常日は、警部補の冷徹なキャラクターを崩すこと無く、ボリュームを維持し続けている。演劇部ならともかく、即席の劇団でこれはなかなかすごいことではないだろうか。


「山辺さんは吹奏楽部で腹筋鍛えてるからなー。老松さんも中学時代は演劇部だったらしいし」


「え? 常日って元演劇部なんですか?」


「かなりの演技派女優だったと聞いてるよ。本人は脚本家志望だったみたいだけど」


 それは意外な一面だ。と言うか何で正木先輩がそこまで知っているんだろう。ま、常日から一方的に白眼視されているだけで先輩自身は彼女に何の屈託もないのだろうけど。


「おそらく我々の脚本家ストーリーライターも、老松さんが演劇部出身ってことは知っていて、それを踏まえてのキャスティングなんだと思うよ。何しろ警部補は『至高のトリック』の主人公のひとりだからね」


「かも知れませんね。もうひとりの主人公についてはミスキャスト以外の何物でもないと思いますが」


「ぼやかないぼやかない。ほら、山辺さんも手を振ってるよ」


 見つかってしまったらしい。あたしは両手を頭の上で重ねて盛大に伸びをすると、ステージに向かって足を踏み出した。


 その時だった。


「待って」


 背中から、呼び止める声が聞こえた。


「はい?」


 振り返ると、はにかんだような、それでいて真剣な表情の正木先輩がいた。


「川原さんは生徒会の誰が脚――」


「川原さん、私はこの事件、例の連続殺人事件に便乗したコピーキャットの仕業だと考えています」


 一際大きくて怜悧な常日の声が、先輩の声をかき消した。


「すいません、よく聞き取れませんでした」


「いや、良いんだ。ちょっとTPOのかけらもないことを聞こうとしたんでね。忘れてくれ」


 それだけ言うと、正木先輩はまたいつものだらしない笑顔に戻って、すたすたと清乃たちがいる方に向かって歩き始めたのだった。

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