2-7
「川原さんは今の生徒会執行部のことをどう思う?」
講堂へと向かう道すがら、正木先輩はそんな風に話を切り出した。
「藪から棒に難しいこと聞きますね」
「悪い悪い。けど、生徒会に入って間もない川原さんにしか気づけないこともあるかなと思ってね」
先輩はそう言って、遠くを見やるように目を細めた。
「あたしにしか気づけないこと、ですか」
おそらくそんなことはない。彼の中には初めからきまった答えがあるのだ。ただ、それを誰かに指摘してもらいたいのだと思う。問題はあたしがどこまでのことを言うべきかだった。
「新聞部の件、正木先輩の取り越し苦労ではなかったと思いますよ」
しばらく考えてから、あたしはあえて変化球を返すことにした。
「うーん、やっぱり仲ちゃんには荷が重たかったか」
「あたしにだってそうですよ。けど、名取会長はうまくいくと読んでいた」
「ふむ」
あたしが投げたボールの球筋が読めたのだろう。先輩はあご髭の剃り跡を撫でながら低く呟いた。
「名取会長の読みは早くて的確です。でも、それがわかるのはいつも後になってからです。だから、あたしたちは、大なり小なり会長の読みに依存することになる――」
「良くも悪くも頼れる生徒会長、か。おかしなものだな。生徒会のことを聞いたつもりだったが、いつの間にか名取の話になっている」
「そりゃあ、名取文香の生徒会ですから」
「違いない」
うなずいて、正木先輩はくっくと笑った。彼らしくない陰性の笑みだった。
「……俺と名取は幼稚園の頃からの付き合いなんだ。中学の三年間は名取が私立に進学したから別々だったけど、それ以外はずっと一緒の学校に通っていた」
「そうなんですか」
「意外に思うかも知れないけど、小学校の頃のあいつは人と話すのが苦手で、ほとんど自己主張をしなくって、昼休みは図書室で本ばっかり読んでいて……例えばそう……老松さんをもっと暗くした感じの女の子だったんだ」
「失礼ですよ。どっちにも」
「おっと」
そう言って、正木先輩はわざとらしく口に手をやる。こういうところが常日の神経を逆なでするのだろう。
「ただまぁ昔のあいつが内向的だったというのは本当のことだよ。それが高校で再会したら、すっかり雰囲気が変わっていて、あの通りライオンになっていた。はじめはあいつだと気付かなかったくらいだ」
「そうなんですか」
「今の名取が偽物だとは言わないよ。あいつなりに自分を変えようとした結果なのかも知れないしな。ただ、俺は昔のあいつを知っている。ライオンじゃない、ごくふつうの小学生だったあいつをな」
正木先輩はふうと息を吐き出すと、再び遠くに視線を向けた。
「もし、川原さんが名取文香の生徒会にわずかなりとも不安を感じているなら――あいつを支えてやって欲しい。できる範囲で良いからさ」
「あたしにやれることなら。ま、あの人を支えるなんておこがましいとも思っちゃいますけどね」
「ありがとう」
「正木先輩にお礼を言われることじゃないですよ。なんだかんだ言って、あたし、今の名取会長が好きですから。多分他のみんなもそうだと思いますよ」
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