2-6

 生徒会室に戻ってきたあたしたちを出迎えたのは、正木先輩だった。


「あれ? 会長はお出かけ中ですか?」


「おうおう。ちょっとな」


 いい加減に返事をしながら、副会長氏は慣れない手つきでハンディカメラのファインダーをのぞき込む。


 ハンディカメラは何代か前の生徒会執行部が購入したもので、ほとんど未使用のまま物入れの隅で埃をかぶっていたものを会長が引っ張り出してきて「ちょっと使い方を調べておいてもらえるか」と彼に手渡したのだ。


「よーし。大体わかった」


 正木先輩は独りごちると、カメラを置いてあたしたちの方に向き直った。


「二人ともお疲れさん。うまく深月を説得することはできたか?」


 どうやらあたしたちが新聞部に行っていたことは承知しているらしい。


「あー、まぁ」


 言いかけてから、あたしは仲井君に続きを引き取るように目で合図した。


「何とか展示の内容を検討し直すという返事がもらえました」


「そうか」


 呟くように言って、お寺の跡取りは自分の坊主頭をざらりと撫でた。


「元々深月の説得は俺がやるつもりだったんだが、名取に『そろそろ下級生にも経験が必要な時期だ』と言われてな。正直心配していたが、それは俺の取り越し苦労というやつだったようだ」


「川原さんのおかげです」


「そういうこと言わないの」


 仲井君とあたしの短いやり取りで何となくは状況を察したのだろう。正木先輩はあたしに目配せをしてからもう一度「お疲れさん」と言った。


「二人のこの後の予定はどうなってる?」


「ぼくは四時半から放送部と打ち合わせです」


「あたしは急ぎの用事はないですけど」


「了解。じゃあ、川原さんはこれから俺と講堂に行ってもらいたい。仲ちゃんは放送部との打ち合わせが終わってからで構わないよ」


「講堂で何かあるんですか?」


「演劇部がステージを空けてくれたんだよ。老松さんと山辺さんは先に行って練習を始めている。名取も用が済んだら向かうそうだ」


「みんなで一鯨の練習……ですか」


「そーゆーこと。リハーサルまで揃って練習できるのは数える程だと思うから、チャンスがある内にやっておいた方が良いんじゃない? 特に川原さんは老松さんと並ぶ大役だからね」


 そう言われても心の準備がですね。


「川原先輩、ふぁいとです!」


 あたしの心を知ってか知らずか、仲井君は両の拳を肩の辺りまで上げて、エールを送ってくる。ええい、くそ。そんなきらきらした瞳であたしを見ないでくれ。


「ま、やれるだけのことはやりますよ。刑事さん」


「もう役に入ってるじゃない。その調子その調子」


 正木先輩はふわりと笑ってそう言うと、ハンディカメラを片手に立ち上がった。


「それじゃー、行きますか」

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