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 結局コスプレ喫茶のテーマは、ドイツ酒場風という無難なのかマニアックなのか今ひとつよくわからない内容に決定した。


 教養がないのでさっぱりイメージがわかないのだけれど、生徒会の活動と重ならない時間帯のシフトを回してもらえただけでも御の字とするべきだろう。


 一鯨に出るのをクラス活動をさぼる口実にしたくはないし、あたしだって、ほんのちょっとはクラスに貢献したいとも思っているのだ。できれば接客じゃなくて、裏方での貢献を希望したいところだけど。衣装着なくて済むし。


 ともあれ放課後、ともあれ生徒会。あたしは、鞄の中に『至高のトリック』を詰め込むと、珍しく教室に残っていた清乃に声をかけた。


「おーす、清乃。随分とのんびりじゃん」


「今日は部活休んで生徒会の仕事を片付けようと思ってさー。もう行く?」


「うん」


「おっけー」


 生徒会への道すがら話題になったのは、やはりと言うべきか、あたしたちが演じるミステリー劇のことだった。


「鮎はどう思う? あの脚本」


「うーん。悪くないって思ってる。あたしが犯人役ってことを除けばだけど」


「そんなこと言う割に鮎は練習熱心だよねぇ。ロングホームルームの時もずーっと脚本読んでたし」


「ぐ、見てたのかよ。しょうがないじゃん。あたし、台詞覚えるの苦手なんだもん」


「鮎は出ずっぱりだからねぇ。ほとんど死体の私と違ってさ」


「ほとんど死体って」


 あたしが思わず吹き出すと、清乃も自分の言い回しのおかしさに気づいたらしく、遅れてくすくすと笑い出す。


「そういう清乃はどうなの?」


 ひとしきり笑い合った後で、あたしはふと思い浮かんだ疑問を口にしてみる。


「どうって?」


「あの脚本のことをどう思ってるの? わざわざあたしに聞いてきたってことは、あんまり気に入ってないの?」


「そうは言わないけど、細かく消化不良なところがあるなー、とは思ってる」


「仕方ないんじゃない? 時間の都合もあるし」


「うーん。でもさ、ってことまで曖昧なのはどうかと思うよ」


「それは確かにそうだね」


 あたしは清乃ほど考えながら脚本を読んでいるわけではないけど、彼女が言わんとしていることはよく理解できた。


「初めは私が鮎に恋人なり夫なりを獲られちゃったのかな、って思ったけど、多分違う気がする」


「あたしは同じ男に惚れてしまった親友同士なのかと思ってた」


「それも違うよ。、明らかに男じゃなくて鮎に固執しているもん」


「うーん、それならこうかな。川原鮎は山辺清乃と付き合っていたけれど、別れて他の男に乗り換えた」


「つまり私が鮎が恋人同士だったってこと? やだもー。照れるー」


「照れるのかよ」


「うふふ。冗談はさておき、こういうのってもっと具体的に書いてくれた方が演じる方だって楽じゃない? 何でこんな曖昧な書き方なのかなーって」


「秘してこそ花、ってことかねぇ」


「やだもー。照れる」


 話がどうでもよくなりかけたところで生徒会室の前に着いた。


 あたしがドアを開けると、部屋の中では名取会長が一人で手帳に書き物をしていた。


「おう、早いな二人とも」


「ポスター原稿作ってきたんで、見てもらっていいですか?」


 清乃はそう言って、窓側のパソコンデスクに向かう。


「もちろんだとも」


「とりあえず打ち出しますねー」


「カワ」


 清乃がパソコンを立ち上げている間に、名取会長はあたしに話しかけてきた。


「はい、何ですか?」


「ちょっと頼みたいことがある」


 名取会長は会議用の円卓の上に置いてあったA4用紙を長い指でつまみ上げると、あたしに向かって突き出した。


「こいつを教頭先生に届けてもらいたい。開会式のプログラムとシナリオだ」


「りょーかいです」


「その後で、新聞部にも顔を出して欲しい。ナカのことだ。きっとから、加勢してやってくれ」


 さすだに何が何だかよくわからない指示だが、それ以上説明する気はないらしい。行けばわかるってことですか。


 あたしはA4用紙を受け取った手を意味もなくひらひらさせた後で「行ってきます」とだけ言って、会長に背を向けた。


「いてらー、鮎ー」


 のんびりとした声援はもちろん親友からの餞別品だった。

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