第2章/STORYWRITER
2-1
昼下がりの午後――
2-Aのクラス出展はコスプレ喫茶。提案したのはおバカな男子の一人だったが、多数決では女子からもかなりの支持を集め、勝利を収めた。もっともこれは呉越同舟、同床異夢というやつだったらしい。今頃になって、何のコスプレをするかで議論が紛糾し始めたのだ。
「巫女だ。巫女しかない」
「何を言う。古今東西コスプレ喫茶と言えば、ゴスロリと相場が決まっておる」
「女子だけしかやらないっていう前提おかしくない? 男は執事、女子はメイド。これでしょ」
「王子! 壁ドン喫茶! オプションでお姫様抱っこ!」
「俺たちに需要などない。ここは間を取って、男装女子喫茶で」
「女装男子喫茶も兼ねるならいいけど」
「あのー、うちらかわいい服着たかっただけなんですけどー」
「体操服とかかわいいですよ」
「お菓子作れるなら服装は何でもいいけど、マニアックなのはちょっと」
「スイーツはワッフルがおいしい」
あー、うるさいうるさい。
あたしは白熱する議論を聞き流しながら、机の下に潜ませたA4用紙の紙束に書かれた文字を目で追いかけている。
それは、生徒会の意見箱に入っていた例の脚本――『至高のトリック』だった。
神託の翌朝、常日からの報告を受けた名取会長は、昼休みに生徒会執行部の面々を緊急招集した。
「神託に無記名の案を入れた犯人はついに名乗り出なかった」
それが会長の第一声だった。
会長は正木先輩、常日、清乃、仲井君、そしてあたしの順に執行部員を見回して、続けた。
「しかし、この通り脚本はできている。最後まで読めばわかるが、よく作りこんである。実行責任者と呼ぶに足る良い仕事ぶりだよ」
「おい、名取。お前まさか」
正木先輩が言うと、会長は不敵な笑みを浮かべた。
「その、まさかだ」
「しかし」
「犯人――
「その脚本家とやらが神託でイカサマをしていたとしてもか?」
「――いかなる場合も神託の結果は覆せない。イカサマの現場を抑えられなかった以上は、それが私の答えだ」
会長が決めたなら、もはや反論する者はいない。
かくしてあたしたちは、正体不明の脚本家に運命を委ねることになった。
もっとも名取会長も認めたように『至高のトリック』の完成度は高かった。
あたしたちはいつしか『脚本』と呼ぶようになったが、そこには演劇のシナリオだけではなく、今後の進行に始まり、役割分担、必要な資機材のリスト、さらには当日のタイムスケジュールまでこと細かに示されていた。
では肝心の脚本の出来はどうかと言うと、こちらもなかなか良くできている。
刑事コロンボシリーズのように、はじめから犯人がわかっているタイプのミステリー――いわゆる倒叙ミステリーなのだが、中学生の頃に推理小説にはまっていたあたしでも楽しめる内容だった。特に、犯人の行った事後工作がわずかなミスによって破綻し、かえって犯人自身を追い詰める罠に変貌してしまう辺りはうまいと思ったものだ。
しかし『至高のトリック』には、あたしにとって無視することのできない大きな問題があった。
――脚本家よ、何故あたしを犯人役にした。
こっちは演劇のど素人、せいぜい幼稚園で大木の役をやったことぐらいしかないんだぞ。ミスキャストにも程がある。
ちなみに木の役は他にも何人かいたのだけど、何故かあたしだけ大木役だった。くそ、どういうことだ。今更ながら腹が立ってきたぞ。
腹が立つと言えば役名のこともそうだった。
犯人の名前が川原鮎で、被害者の名前が山辺清乃なのだ。
さすがにこれは変えてもらえないかと相談してみたが、会長から「それは別に構わないが、名前を覚える手間が省けて良いんじゃないか?」と言われ、結局そのままになってしまった。
どうやら正体不明の脚本家氏は、役名を考えるのが苦手らしく、犯人と対決する刑事に至っては名前すらない。単に警部補とあるだけで、もちろんその部下も名前は決まっていない。他はちゃんとしているのに、どうしてそういうところだけいい加減にしたのかと、問い詰めてやりたくなる。
――まったく、今からでも良いから名乗り出て来れば良いのに。
多少の不平や不満はあるにせよ、あたしも他のみんなも脚本のクオリティには納得しているんだから。正体を隠さなきゃいけない理由なんてないと思うんだけどなぁ。いや、名乗り出てきたらきつく問い詰めてやるつもりだけど。
「そろそろ時間も少なくなってきたし、多数決採りまーす」
気づけば、学級会も煮詰まってきて、結論を出す段階になりつつあるようだ。
重畳、重畳。
あたしはあくびをはふっとかみ殺してから、黒板に書かれた候補の中からなるべく無難なやつを探すことにする。って、誰だよ。不思議の国のアリスを提案したのは。
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