1-6
名取会長の持ち味は即断即決。他の執行部役員も少なからずその影響を受けているが、それでもなかなか結論がでない議題もある。
例えば、一鯨に参加するにあたって誰がどのような脚本を書くのか、とか。
――来週頭までに立候補者が出ないなら、一鯨の脚本家と内容は神託で決めようと思う。
このままではらちが明かないと判断したのだろう。前回の打ち合わせの終わりに、会長はそんなことを言った。
その時点ではあたしはまだ神託について知らなかった。それで神託について尋ねてみると、会長はもっともらしくうなずいてから「生徒会のメンバーひとりひとりが私案を書いて箱に入れ、よく混ぜてから一枚引くんだ。それが生徒会の決定になる」と解説してくれた。
――ただのくじ引きじゃないですか。
半ばあきれ返りつつあたしがそう言うと、会長はこともなげに「まぁそうだな」と応じたのだった。
いやしかし神託はただのくじ引きではなかった。
神託の掟その一。全執行部員が参加しなければならない。
神託の掟その二。引き当てられた私案の作成者が、実行責任者となる。
神託の掟その三。いかなる場合も神託の結果は覆せない。
常日からそう説明を受けたあたしはなんちゅー恐ろしいくじ引きだと思ったものだ。
そしてもっと恐ろしいのは、一年生の仲井君は別にして、役員の誰もがくじ引きでことを決するというやり方ことに微塵の不安も抱いていないということだった。
彼らは確信している。自分たちならば必ず実現可能な計画を立てうると。あるいは、自分たちならばどんな提案も実現可能な形に落とし込むことができると。
揺るぎない自信とそれを裏付ける実行力。それが名取文香の生徒会の本質だった。
や、あたしはいささかついていきかねているんですけどね。
「書き終わったら八つに折ってお待ちくださーい。不肖正木学が回収しまーす」
気づけば副会長兼雑用氏が神託ボックスを持って、メモの回収を始めている。まず会長が正木にメモを手渡し、常日と清乃もそれに続く。それから仲井君がうーんと腕を伸ばして、お。うまいこと箱に入った。
「おーし。あとは川原君だけだな」
やばいやばい。さっき清乃にも心配されたけど、ごめん。正直まだどうしようか決めあぐねていた。
あたしはとにもかくにも書くしかないと思い切り、自分のアイディアと名前を急いでメモ帳に書き入れると、折りたたんで神託ボックスに入れた。うん。あれなら原作も有名だし、時期もちょうど良い。
「老松さん、後は任せた」
常日は無言で小さくうなずくと、正木先輩からボックスを受け取って、荒々しく揺すった。そうしてボックスに右手を突っ込むと、中から小さく折りたたまれた紙片を取り出した。
「ツネ」
促されて、常日は折りたたまれたままのメモ帳を差し出した。
会長は綺麗な指先でそれを受け取ると、手のひらのにするりと滑り込ませた。それから両方の指でたっぷりと時間をかけてメモ帳の折り目を開いていく。
「発表する――」
小さなメモ帳を両手で強く握り締めて、会長は続けた。
「テーマはミステリーだ」
ほう、と様々な感情が入り混じった吐息があちこちから聞こえてきた。あたしも自分の案が当たらなくて心の底から安堵している。
「ミステリーか。悪くないな」正木先輩が腕を組んで笑った。
「人が死ぬ話は苦手だなー。人が死なないミステリーなら良いんだけどなー」清乃がいつも通りののんびり声で呟いた。
「も、問題は誰が脚本を書くのかですね」仲居君が余裕なさそうに言った。
「誰の提案なんですか?」常日も心持ち緊張した様子で尋ねた。
「それなんだが……名前が書いてないんだよ」
会長は意外なことを言って、ひらりとメモ帳を裏返した。確かにミステリーとしか書かれていない。
「正木、お前か?」
「根拠レスに疑うなよ。傷つくぞ」
「ふーむ。だとすれば、正木以上の粗忽者は一体誰なんだ?」
会長が口を閉ざすと、生徒会室に沈黙が訪れた。
一分、二分――どれだけ待っても、会長の問いに答える者は現れなかった。
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