幕間
Detective Side
大きな公園の一角を、十台からのパトカーが占拠していた。
曲がりくねった散歩道の中ほどには工事用のバリケードが並び、その間を埋めるように立入禁止の黄色いテープが垂れ下がっている。
やがて、バタンと車のドアが閉まる音がして、シルバーフレームの眼鏡をかけたスーツ姿の女が姿を見せた。
女はすたすたと公園内を進み、ためらいなくバリケードを乗り越えた。
事件は、藤棚の下の草むらに横たわっていた。
首に青いビニール紐が巻きつけられた、仰向けの姿勢でこれ以上ないというくらい顔をゆがませた女は、紛れもない殺人事件の被害者だった。
「警部補、こちらでしたか」
頭を丸刈りにした大男が、スーツの女に話しかけてきた。
「今の段階でわかっていることを教えてもらえる?」
警部補と呼ばれた女が尋ねると、大男はこくりとうなずいて説明を始めた。
「殺されたのは、山辺清乃、二十四歳。近所のアパートで独り暮らしをしていたようです」
「もう身元がわかっているんだ」
「財布に免許証が入っていましてね。交通課にも照会済みです」
「お財布が見つかったの」
「はい。免許証だけでなくクレジットカードも現金も手つかずで残っていました」
「死因はどう?」
「絞殺で間違いありません。ただし、ビニール紐は殺害後に巻きつけられたもので、絞殺に使われたのは別の凶器――紐状の布だそうです」
「ふーん。一応のこと、共通の手口ではあるわけか」
「一応どころじゃありませんよ。間違いなく、犯人はヤツです」
女――警部補は、曖昧にうなずいてから、しゃがみ込んで死体を観察した。
「硬直が進んでいるね。死後十二時間といったところかな。でも、妙だな。その割に死斑が薄い」
「鑑識が言うには、殺害後数時間以内に動かされた公算が高いようです」
「なるほど。それで死斑がリセットされたわけか」
「藤棚の下の地面に死体を引きずった跡が残っています。おそらく犯人は近くで山辺を殺害した後、死体の発見を遅らせるためにここまで運んだのでしょう」
「殺人現場はもうわかっているの?」
「いえ。この公園の遊歩道はコンクリート舗装ですから、多少死体をひきずっても、ほとんど跡が残りませんでね。殺人現場の特定は難しそうです。しかし、ヤツがこの近くで凶行に及んだことは確実でしょう。警部補もご存じのように、この公園は夜ともなれば人気がぐっと少なくなりますから」
警部補はまた、曖昧にうなずいた後で、死体からちょっと離れたところに置き去りになっているビニール袋の側にしゃがみこんだ。
「これは?」
「スーパーの袋ですね」
「それぐらいは見ればわかるよ」
「近所のスーパーのものです。山名は買い物をした帰りにヤツに襲われようです」
「シリアル、ヨーグルト、鶏胸肉、随分いい加減に突っ込んであるなあ……ネギ、冷凍うどん、ニンジン、それに卵のパックか。よく割れずに残ったなぁ」
警部補は呟きながらゆっくりと立ち上がって、部下の男を見た。
「財布はどこで見つかったの?」
「その辺りに女性もののバッグが転がっていて、その中に。財布や定期が入っていたので先に回収してしまいましたが」
「なるほど……しかし、律儀な犯人だね」
「律儀、ですか」
「うん。死体だけでなく、わざわざビニール袋やバッグまで持ってくるなんて、なかなか面倒なことだよね」
「それはまぁ、確かに」
「けれどいい加減な犯人でもあるようだ。この公園は日中はそこそこウォーキングに来る人がいる。こんなところに隠したって、発見されるのは時間の問題でしょ?」
「律儀で、いい加減な犯人ですか」
「しっくりこないね。っと、あれ?」
警部補は何かに気付いた様子で、死体の側に近づいた。
白いTシャツの上からジャケットを羽織り、下はデニムパンツというラフな服装だったが、そのデニムパンツの尻ポケットが妙に膨らんでいるのだ。
「スマートフォンだね。傷どころか汚れひとつついてない」
ポケットに手を突っ込んで、漆黒の直方体を取り出しながら、警部補は言う。
「本人のものでしょうか?」
「おそらくそうでしょう。悪いけど、ここがひと段落したら、被害者が住んでいたアパートに車を回してもらえるかな?」
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