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 神託を巡って起きた奇妙な出来事について話しているうちに、あたしたちは商店街に足を踏み入れていた。江戸時代から続く歴史ある街並みだが、その歴史も風前の灯火で、廃業した店舗の目立つシャッター通りだった。


「と、まぁ大体はそんな感じだったんだけど……」


 百歳ももとせ交番を通り過ぎたところで、あたしは敷島の方を振り向いて言った。商店街の歩道で横に広がるのもちょっとどうかなと思ったけど、渋滞する車道とは裏腹に、歩道は閑散としている。


「ふーむ」


「敷島も気になる?」


「いや、川原が『不思議の国のアリス』かと思ってな」


「だから突っ込みどころそこじゃねーし! 柄じゃないってのも百も承知だし!」


 商店街だと言うのに思わず大声をあげてしまう。くそう。なるべく正確を期そうとしてのことだったけど、やっぱりあたしが何を書いたのかは黙っておけば良かった。


「別に柄とか柄じゃないとかそういうことを言ったわけじゃないんだが……」


「うるさいうるさい。あたしとしてはアリスのことは闇に葬っておきたい過去なんだ。うーうーわーわー」


 敷島がうるさそうに肩を丸めてそっぽを向いた。面倒くさいってか。こいつのこういうところはホント腹立つな。


「まったく、誰がこんなことをやったんだか。あたしのことを抜きにしても、文化祭までもうそんなに日がないってのに」


「誰がやったか、か」


 敷島はゆっくりと背筋を伸ばしながら、低い声で言った。


「……むしろ問題は何故そんなことをしたのかだと思うが」


「え?」


 まるで、誰がやったのかはとうに検討がついているとでも言うような敷島の態度だった。しかし、あたしが踏み込んで尋ねようとするよりも先に、敷島は「やめておこう」と言ってかぶりを振った。


「お前も、俺も、こんなパズルみたいな設問で頭を悩ますよりももっと大事なことがある。そうだろう?」


「はぁ」


 それからしばらくの間、あたしたちは言葉を交わさずに歩くことだけを続けた。


 やがてあたしたちの行く手に橋が見えてきた。瀬名川せながわに掛かるそこそこ立派なコンクリート橋。


「前とは違う道で帰ってるんだな」


「さすがに家族のふれあい大橋はもう通りたくない」


「そうか」


 短いやりとりの後で、また、あたしたちは黙り込んだ。


 沈黙に耐えかねて何か話そうと思ったり、こうやって静かに歩くのだって悪くないと自分に言い聞かせたりしているうちにも、少しずつ別れの刻は近づいてくる。


 そうして、気づけばあたしたちは川原家のすぐ近くの交差点に立っていた。


「あとはもう家まで真っ直ぐだから、この辺でいいよ。今日はありがと」


「礼には及ばん。それじゃあ、またな」


 時代劇のお侍さんのような言い方を自然にする。それが敷島哲という男である。そしてその敷島がさよならとは言わなかった。


 それで何故か急に恥ずかしさがこみ上げてきて、あたしはうまく挨拶が返せなくなる。もごもごと意味をなさない言葉を呟いて、小さく手を振ることだけしかできなくなってしまう。


 ひとりきりの交差点。相変わらずあたしは昨日までとちっとも変わらない場所に立ちつくしている――。

 

 翌朝、生徒会執行部でちょっとした事件があった。


 最初にを発見したのは常日だったという。


 いつものように2-C教室に行く前に生徒会室に立ち寄った常日は、意見箱に分厚い封筒が突っ込まれていることに気が付いた。


 封筒の中に入っていたのはA4用紙の束だった。常日はぱらぱらと紙束をめくって、演劇の脚本が印字プリントアウトされているということを理解した上で、改めて最初の一枚を見返した。


 そこには極太の明朝体で『至高のトリック』とだけ書かれてあった。

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