1-9
――ツネ、神託ボックスを貸してくれ。
いくら待っても誰も名乗りださないことに業を煮やした名取会長は、常日から神託ボックスを受け取ると、自ら中に手を突っ込んで一枚また一枚と、紙片を取り出し始めた。
やがて、テーブルの上に六枚の紙片が並んだ。
会長が常日に声を掛けるまえにテーブルの上に置いた『ミステリー』と書かれたメモ用紙を別にして、である。
生徒会執行部役員六名に対し、七票。明らかに一枚多い。
会長は神託ボックスを逆さまにして何度か振ってから正木先輩に手渡した。
正木先輩も心得たもので、すぐにボックスを開けて、中に何もないことを先輩自身の目で確かめる。
「それで全部だ」
「ありがとう」
淡々と言って、会長は紙片を開けにかかった。
そうして、投票者が誰で、企画はどんなかひとつひとつ読み上げる。
その結果はこんなだった。
名取文香――時代劇
正木学――刑事ドラマ
老松常日――ウェストサイドストーリー
仲井供緒――ゾンビもの
山辺清乃――時をかける少女
川原鮎――不思議の国のアリス
「川原先輩が不思議の国のアリス?」
「突っ込みどころそこじゃねーし!」
くそう。折角自分が書いた内容を隠し通したまま神託を乗り切ったと思ったのに!
「まぁ供くんのゾンビものだってなかなかのものだよねー」
ナイス清乃。でもやっぱり突っ込みどころが違うから。
「えーと、つまり、どういうことだ?」
「どこかでその紙が紛れ込んだということでしょうか?」
正木先輩が漠然とした疑問を口にしたのに対し、常日はもう少し踏み込んだ問いを投げかけた。
「『どこかで』というのはないと思います」
そう言ったのは、仲井君だった。
「箱の組み立てを始めた時には、何も入っていませんでした」
「私たちも確認してる。間違いないよ。ね、鮎?」
一緒に神託ボックスを作った清乃が応援し、あたしもうなずく。
「それにそのメモ用紙、あたしたちが書いたのと同じムーミンのやつですよね? だったらどこかで、ではなく、この部屋で紛れ込んだってことで間違いないと思います」
それはつまり、この中の誰かが通常の投票とは別に『ミステリー』と書いたメモ用紙を神託ボックスに入れたということに他ならない。そうだ――筆跡は? あたしははっとして、メモ用紙に手を伸ばした。
しかし、その指先はむなしく空気を掴み取っただけだった。
「犯人捜しは後にした方が良い」
コンマ一秒の差でメモ用紙をつまみあげた正木先輩は、いつになく真剣な声で言った。
「これから俺たちはどうすれば良い? さ――悪い、名取。やはり、もう一度神託をやり直すか?」
「神託の掟を忘れたか? いかなる場合も結果は覆せない」
それまでずっと口を噤んでいた会長が苦虫を噛み潰したような顔つきで声で言った。
「しかし、誰が入れたのかもわからないんじゃ、これは無効票だ」
「わかってる」
それだけ言って、会長は瞑目する。
重苦しい沈黙。ストップウォッチで測ればせいぜい一分にも満たない時間が、ひどく長いものに感じられた。
「少し考える時間が必要だ。私にも――犯人にも、な」
やがて、会長が口を開いた。
「秘密は守る。この提案を書いたものは、明朝八時までに私に連絡をするように」
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