1-4

 五十海東高には第一校舎と第二校舎、それに、図書室のある小校舎を合わせて三つの校舎が存在する。2-A教室は第一校舎の、生徒会室は第二校舎のそれぞれ三階にあるのだけれど、二つの校舎は二階建ての渡り廊下で繋がっており、天気が良い日ならば屋上も通り抜けできるようになっている。


 そんなわけであたしはいちいち階段を下りて迂回することもなく、渡り廊下の屋上を抜けて、第二校舎へと向かった。


 日当たりの良い中央通路の左手に、『生徒会室』と室名札が貼られたドアが見える。ドアの脇には小さな丸テーブル。意見箱と、それだけでは殺風景だということで清乃が家から持って来たうさぎのぬいぐるみ。傾聴しますという意味もあるのだろうけれど、残念ながら効果は薄いようだった。


 あたしは一応のこと意見箱を振って中に何もないことを確かめた後で、ドアをノックし、返事を待たずにドアを開けた。


「入るよ」


 生徒会室には、二人の少女がいた。


「おひさー鮎」


 ひとりはもちろん清乃。あたしが来るまで楽譜をみていたところをみると、まだ吹奏楽部モードのようだけど、左腕には『庶務』の腕章が巻き付いている。


「お疲れ様。早かったじゃない」


 もうひとり――シルバーフレームの眼鏡を掛けたおさげ髪の少女は、2-Cの老松おいまつ常日つねひだ。


 あたしが隣に座っても、顔を上げずにずっとノートをにらみ続けているので今は見えないが、面長で思慮深そうな顔つきをしている。両肩に垂れ下がる髪も丁寧な三つ編みで、いかにも真面目な女学生という印象だ。その印象どおり、常日はとても責任感の強い生徒会の会計担当なのだが、時折そろばんをぱちぱち弾きながらノートにあれこれ書き込んでいる様は、何故かほほえましくもあった。


「早いかな。もう五分前だよ」


「あなたにしては、と言った方が良かった?」


 常日は自覚無く攻撃的な発言をすることがある。


「それにしたって出席率悪くない?」


名取なとり会長は展示スペースのことで教頭先生と折衝中。仲井なかい君はついさっき印刷室に行ってもらったけど、間もなく――」


 常日が言い終わるより先にドアが開き、段ボール箱を抱えた少年が姿を見せた。


「戻りましたー」


 生徒会執行部唯一の一年生である彼の名前は仲井供緒ともお。役職は書記。身長はあたしとそう変わらないはずなのだけど、猫背気味なので実際よりも小柄に見えてしまう。細っこい体つきもあってちょっと頼りない感じもするが、おさまりの悪い黒髪の下にある丸顔は独特の愛嬌があって、ちょっとかわいらしいとすら思う。


「おつおつ-。ほいじゃ、おねーさんと共同作業しましょうかねー」


「よろしくお願いしますー」


 段ボール箱を持ったままぎこちないお辞儀をすると、仲井君は清乃と共に段ボール箱をする作業に取り掛かり始めた。


「一人足りない気がするんだけど」


 二人が仲良く作業するのを横目にあたしが呟くと、常日はそろばんの伸ばした指をぴたりと止めた。


「……正木まさき副会長? 買い出しだって」


「また? あの人も島本パン屋シマパンが好きだねえ」


「今日も遅刻でしょうね。きっと」


 ナチュラルボーン・アタッカーは吐き捨てるように言って、五珠を強く弾いた。


 几帳面で時間にルーズだったことのない常日は、自分と正反対の性格の生徒会副会長にどうも苦手意識があるらしく、彼の話題になるといつも以上に攻撃的になるのだ。


 あたしはあいまいにうなずき返してから、清乃たちの作業を手伝うことにする。密閉した空の段ボール箱の一面に穴を開け、一応のことすべての面に色紙を糊付けする。即席の投票箱だ。


「やっぱりこれで決めることになるのかな」


「だと思うよー。鮎、ちゃんと考えてきた?」


「ノーコメント」


 などと言っているうちに、カチリと音がして、壁時計の針が四時を指した。それと同時にトントンと生徒会室のドアをノックする音が聞こえてくる。


「失礼します」


 凛とした声と共に入ってきたのは、絹のような黒髪を腰の辺りまで伸ばした少女だった。きりっとした目鼻。ほっそりとした頬のライン。すらりと伸びた両腕、両足。典型的な美女であると、注意力のない者や彼女のことをよく知らない者ならば、そう思うだろう。


 しかし、より注意深い者、彼女のことをよく知っている者ならば気がつくはずだ。美しい黒髪の一本一本までに自在に動くのではないかと思えるほどの生命力が満ち溢れていることに。美しい両腕、両足にしなやかな筋肉が備わっていることに。そして、流麗な眼差しの奥に肉食獣のような瞳が光っていることに。


 美女は、円卓の奥の自分の席まで歩を進めると、一同を見回して破顔した。


「よーし、約一名除いて、みんな集まってるな!」


 生徒会執行部の長――名取文香ふみかはそう言って、また笑みを浮かべた。百獣の王を連想させる美しくも強烈な笑みだった。

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