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 あいつ、敷島てつの社会性は、あたしにはちょっと判じかねるところがある。目つき悪いし、態度も悪いし、意外と義に熱いところがあってかえってそれが面倒くさいし、お世辞にも付き合いやすい人間ではないと思うのだが、あれはあれで妙に人望が厚かったりもする。


 あたしが敷島と知り合ったのは、例の高校生連続転落死事件がきっかけだった。


 サッカー部のマネージャーをやめてまであの事件の真相を知ろうとした彼は、あたしとともに事件に深く関わることになり、やはり三日間の停学処分を受けることになった。


 職員会議では「敷島は川原に唆されただけではないか」としてもっと処分を軽くすべきだという意見も飛び交っていたらしいので、これはむしろ厳しい処分とも言える。サッカー部員たちも職員室へ赴き、敷島の処分を軽くするよう幾度となく掛け合ったそうだ。何というかトテモ心ガ温マル話デスネ。


 もっとも、敷島とサッカー部にまつわる心温まるエピソードはそれだけではなかった。


 停学明けの朝、2-B教室の自分の席でシャーペンに芯を入れていた敷島の元に、部への復帰を求めるサッカー部員たちが大挙押し寄せたのだ。敷島は固辞したが、東高サッカー部の持ち味は粘り強さである。一度や二度の失敗でめげることはなく、説得を続けた――夏休みに入ってからもそうだったと言う。


 さすがの敷島もかつての仲間のそうした姿に思うところがあったのだろう。夏休みも終わりにさしかかったある日の夜、あたしのケータイに電話をかけてきたことがあった。 


 ――川原はどう思う?


 簡単に状況を説明した後で、敷島は単刀直入に尋ねてきた。


 ――それ、あたしが答えて良いことなの?


 相談の相手を間違えていないかと、暗にそう言ったつもりだった。


 ――俺は川原の意見を聞いている。


 返ってきたのは迷いのない声だった。


 実際のところ、迷いが生じているのは相談されたあたしの方だった。


 あの数週間、ずっと敷島の隣にいたあたしにはわかる。敷島にとって、サッカー部をやめるという決断がどれほど重いものだったかも。今更戻ったところで元に戻らないものがあまりに多すぎるということも。


 だけど、あの事件が一応の解決を見た以上、敷島の居場所はあたしの隣ではないのだと思う。だからあたしはこう言った。


 ――敷島はサッカー部に戻るべきだよ。


 敷島は何の感情も籠っていない声で「そうか」と言った。


 あたしたちはそれから少しだけ雑談をした。何かを取り繕うための、ひどく味気のないやり取り。すぐに話すことはなくなり、そのままあたしたちは電話を切った。


 そんなこんなで敷島がサッカー部のマネージャーに復帰したのは、もう一ヶ月以上も前のことだ。季節は変わり、今は秋。サッカー部では、全国高校サッカー選手権大会に向けて、忙しい日々が続いていた。


 誰もが納得できる結末。あたしも「敷島はサッカー部に戻るべき」と言ったのを撤回するつもりはない。それなのに――。


 いつからだろう。敷島とうまく話せなくなってしまったのは。


 何故なのだろう。朝の通学路で、休み時間の廊下で、放課後の昇降口で「よう、川原」と言うあいつに、顔を伏せてもごもごとわけのわからない言葉でしか返事ができなくなってしまったのは。


 もちろんそれは清乃に勘ぐりや気遣いをされるような理由ではない。ないはずだけど、「なら、どうして?」といくら自問しても答えはでそうになかった。


 ええい、くそう。


 あたしは右の拳を思い切り左の掌に叩きつけて、無理矢理にもでもやもやした思いを頭の外に追い出すことにする。


 ――前に進め、川原鮎。どうせあんたは、立ち止まって考えていても、答えなんか出せやしない。今のあいつがサッカー部のマネージャーであるならば、お前は生徒会執行部の庶務見習いだろう。


 肺が空っぽになるくらいまで息を吐き出し、同じだけ酸素を取り込む。それで準備は整った。あたしは窓を閉めてクレセント錠を下すと、2-A教室を後にした。

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