1-2
「もう、びっくりさせないでよ清乃」
「それはこっちの台詞だよー。あんな大きな声出して。心臓が止まるかと思った」
清乃は本当に驚いたらしく、大きな胸に手を乗せてふうっと息を吐き出した。そうしていかにも彼女らしい人懐っこい笑みを浮かべると、うさぎのような両足飛びであたしの隣にやって来た。
「大体『どわあ』はないでしょうよ。『どわあ』は」
「女子みたいな悲鳴をあげるなんて、柄じゃないし」
「何言ってるの。仮にも花も恥じらう乙女なんだから、ちょっとは自覚を持ちなさいよね」
つんつんとあたしの頬を攻撃する清乃の指先。
「ええい、その手をやめい」
いい加減こそばゆさに耐えられなくなって、あたしは清乃の手を払いのけると、そのまま前下がりボブにしたさらさらの髪を左右から握りこんだ。
「キャー」
もみあげのラインに沿って柔らかく引っ張ると、清乃は何故か嬉しそうな悲鳴をあげた。うーむ。これが乙女か。乙女ってやつなのか。あたしは何となく圧倒される感じがして、親友から目をそらしてしまう。
「ったく、あたしなんかじゃ花も恥じらわないっての」
「えーどうして」
「乙女じゃないから」
言わせないでよと思いながら答えると、何故か清乃は大きく目を見開いた。
「え? 鮎、乙女じゃないの? いつ? どこで?
「そういう意味で言ってねーし! つか、そこで何であいつの名前が出るかなあ?!」
あたしは首の辺りが熱くなるのを感じながら、徳の高そうな清乃の耳たぶをぎゅっと掴んだ。今のところユニコーンに蹴り殺される予定はないっつーの!
「ギャー!」
彼女、
「うう……お父さん、お母さん……お嫁にいけない体になっちゃったよう」
「あーうるさいうるさい。そんなことより」
あたしは清乃が小声で「ひどい」と言うのを無視して続けた。
「ひょっとして呼びに来てくれたの?」
「ううん。私も部室に顔出して戻ってきたところだよ」
「そうなんだ」
「教室の前を通りがかったら鮎が窓辺でたそがれてたから、声をかけてみただけ」
「たそがれてたって……別に涼んでいただけだし」
あたしが呟くように言うと、窓の外から一際大きな掛け声が聞こえてきた。サッカー部員たちが、円陣を組んで気合を入れているのだろう。どうやら間が悪いのはあいつだけではないらしい。
「はいはい。そういうことにしておきますか」
清乃は全てを見透かしたような笑みを浮かべて言うと、さりげない動作であたしの側を離れた。
「さーて、そろそろ生徒会室に行かないとだね」
「じゃああたしも――」
親友は笑みを浮かべたままゆっくりと首を横に振った。
「鮎も遅れちゃダメだよ。あと、戸締りもよろしくね」
そうして親友は風のように去っていき、窓が開いたままの2-A教室で再びあたしは一人きりになってしまったのだった。
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