第1章/Lucky

1-1

 あたし、川原かわはらあゆは社会性に乏しい人間である。


 新聞はテレビ欄しか読まないだとか、女子会への参加率が悪いだとか、本気で人を殺したいと思ったことがあるだとか、理由をあげればきりはないのだけど、そのあたしが五十海いかるみひがし高校こうこう生徒会執行部に所属することになってしまったのだから、我がことながら乾いた笑いが漏れてしまう。


 きっかけは昨年末から今年の七月にかけて起きた高校生連続転落死事件だ。事の成り行きでというべきか、運命のいたずらというべきか、あたしはあの事件に深く関わることになった。今更あの事件についてあれこれ話すつもりはないが、一つ言えることがあるとすれば、あの事件が解決に至る過程で、栄光ある五十海東高サッカー部の名誉が大きく傷つけられたということだ。


 結果としてあたしは三日間の停学処分を受けることになった。職員会議では、もっと重い処分を科すべきだという意見も飛び交っていたらしいので、これはむしろ甘い処分とも言える。あたし自身、自分がしたこと、しようとしていたことを鑑みれば甘すぎる処分だと思っている。


 もっともあたしに下された処分はそれだけではなかった。


 停学明けのある放課後、担任の大畑おおはたさんから生徒指導室に呼び出されたあたしは、そこでこんなことを言われたのだ。


「川原君には、明日から生徒会執行部に所属してもらいます」


 普段は仏の大畑で通っていて、生徒に対して命令するようなことをしない恰幅の良い中年教師である。その大畑さんが珍しく断定的に言ったので、あたしはまずそのことに驚いてしまった。


「マジすか」


 やっとのことでそれだけ言うと、仏は「まじです」と短く答えた。


「や、でもあたし、生徒会なんて柄じゃ――」


みそぎが必要だと考える人もいるのです」


 あたしの逃げ口上を、老教師はあくまで穏やかな声で遮った。


の復帰のこともあります。この辺りで手打ちとしておきませんか?」


 どうやら大畑さんはあたしを説き伏せる方法を正しく知っているようだった。おそらくは職員会議でを説き伏せる方法も。であればあたしに出せる答えは一つしかない。


「わかりました。それで、万事うまくいくのなら」


「ありがとうございます。庶務見習――それが川原君の役職です」


 そんなこんなで生徒会執行部の末席のさらに端に配されたのは、もう二か月も前のこと。季節は変わり、今は秋。生徒会執行部では、十月末の文化祭に向けて、忙しい日々が続いていた。


 今日も四時から次の実行委員会に向けての打ち合わせをやることになっている。あたしはちらりと腕時計に目をやってから、窓をうすく開けた。


 放課後――あたしひとりの2-A教室にするりと涼しい風が忍び込んでくる。授業中はまだまだ暑いけれど、少しずつ夏の名残が消えつつあることに気づかされる。


 もう一度、時計を見る。三時四十五分。そろそろ生徒会室に向かった方が良い頃だけど、あたしはついつい窓から身を乗り出して、風に流れて来る声に耳を澄ませてしまう。


「ッチ、ニッ、サッ、シー」「ッチ、ニッ、サッ、シー」


 聞こえてくるサッカー部員たちの掛け声。きっと今頃は準備運動をしているのだろう。


 ここからではグラウンドは見えないけれど、あたしは知っている。今日もグラウンドの片隅であいつが――。


「おーい、あゆー」


「どわあ!」


 ふいに後ろから声をかけられて、あたしは思わず大声をあげてしまった。


 振り返ると、クラスメートの清乃きよのが立っていた。

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