熱血漢と下着泥棒

柴駱 親澄(しばらくおやすみ)

第1話

    ○


 熱血系教師なんて時代遅れと人は言うが、悪いことが大きくなるよりかは干渉しすぎた結果になってしまってもそれは良いと俺は思っている。体育教師と生活指導を兼任、そして自主的に仕事が終わってからも街を見回りしていた。素行不良の生徒だけでなく空き巣やら痴漢も捕まえてしまう始末、俺がいるというだけで街はとても平和になり警察からも表彰された。

 公立学校の教師というのは数年ごとに学校を変えなくてはならない。俺も次の学校を指定され、ついでに引越しもした。どんな不良学校か、どんなに治安の悪い街かと期待したが拍子抜け。そこは平和そのものだった。誰も彼もが模範的優等生、悪くはないが自分の気持ちとしてはどうしても気が乗らない。そして一番呆れてしまったのは、この街は平和だから警察署どころか交番もないのだと。ああ、平和乱れないかな。


     ○


 ある日の放課後、いつものように俺は竹刀を持って街の見回りをしていた。まだ部活動のために残る生徒は多いがそれ以外の生徒の下校も厳しく監視しなくてはならない。請け負っている剣道部はしばらく基礎練習なので生徒に任せておけばいい。

 とある住宅街、塀をよじ登って出てくる不審な男を発見。全身を黒いスーツで覆い、黒い帽子を深くかぶり黒いサングラスまでかけてやがる。まさに怪しいを絵に描いたような男だ。手元には、あれは女性下着に違いない。下着泥棒だ。俺は久々に悪党を見つけたことに興奮しつつも、冷静に駆け寄った。

「何してるんですか?」

 これは最終警告だ。平常に反応すればシロ、動揺したり逃げ出したりしたらそいつはクロだ。そして予想通りそいつは逃げ出した。

「待て!」

 と言って待つやつはいたことがないがお決まりの台詞で言ってしまうのが人間の性なのだろう。意外とスピードのある走りを見せたが現役体育教師であり日々鍛錬を怠らない俺に勝てるはずがなかった。俺はすぐさまそいつに追いつきうつ伏せに押し倒し、馬乗りとなった。携帯しているロープでそいつの手首を縛り暴れられないようにする。そいつは観念したのか全く犯行しなかった。一応女性下着も回収した。決してやましい意思はない、本当だ。

 さて、捕まえたはいいがこの街には交番もない。すこし面倒くさいが隣町の交番までこの男を連れて行かなくてはならない。怪しい男と二人ならんで歩くのは視線に耐えかねるがこれは仕方のないことなのだ。

「あんたなんでこんなことしたんだ」

「実は私、けっこうやばい組織にいまして。でも足を洗うことにしてこっそりとこの街を去ることにしました。でもどうしても別れた妻と娘に一言伝えたかったんですが不在のようでした。それは諦めたんですが、どうしても何か思い出の品となるような物が欲しくて。咄嗟に手に取ったのがソレでした」

「事情はわかったが泥棒は泥棒だ。それに下着などと男の風上にもおけない」

「記憶を呼び覚ますには匂いが一番らしいですよ」

「嗅ぐな変態!」

 とんでもない変態親父だ。しかし話をしているとどんな極悪非道の人間にも情が移ってしまうのが俺の悪い癖だった。今回もそう、この男を警察に連れて行くのが得策なのだろうか。

「あなたの噂は手紙伝いで娘から聞いてましたよ。新しい体育の先生はとても熱血漢だと。今の時代とても珍しいことですね」

「娘さんは俺の学校の生徒か。ふん、時代錯誤と言われても構わない。俺は自分の正義を信じているだけだ」

「ところで本当に隣町まで行かれるつもりですか? たぶん無理なんですよ」

「どういうことだ?」

 警察に行くことを拒否するような口ぶりではなく、事実めいた言い方だ。

「この街に警察機構がないこと、よそから来たあなたは不思議に思ったことでしょう」

「ああ、いくら平和な街だからと言ってもそんなことが許されるはずがない」

「実はね、この街には警察ができるよりも前、ずっと昔から自警団なる組織がありまして。街の治安は彼らで維持されていたんです。警察の介入を許さず、自分たちのことは自分たちで処理するって。公表されていませんけど、この街の行方不明者の数と頻度はけっこうなもんですよ」

「まさか」

「平和なのは表向きの話ですよ。和を乱す者には容赦ないんです」

 真実ならば背筋が凍るような話だ。恐らく軽犯罪であろうとも処罰はそれなりのものなのだろう。村八分なんてものじゃないな。

「それにしてもお前はどうしてそんなに詳しいんだ」

「だって私がいた組織ってその自警団ですから」

 気がつけば人通りの少ない山道まで来ていた。ここを越えればもう隣町なのだ。

「この街で働く人間は昼間はニコニコしてますけど夜になれば自警団として目を光らせています。先生はいい人材ですからすぐにスカウトの声がかかるでしょう。……おっと、もうお迎えのようだ。それでは」

 前方には男と同じような黒スーツが見えた。背丈は大柄な私よりも高く、手を常に懐に忍ばせている。そういう飛び道具を扱っているようなレベルなのか。

「待て。お前は娘さんとちゃんと会って話すべきだ」

「それはもう無理なんですって」

「無理ではない。急げばまだ、学校にいる可能性もある。とにかく今来た道を走るんだ」

「やりあう気ですか?」

「どんな人間にも情が移ってしまうのが俺の悪い癖だ。それに自警団のやり方は気に入らない。俺は、俺のやり方で正義を執行する!」


     ○


 自分の人生の中で一番壮絶な戦いであったが、なんとか生きて学校までたどり着けた。既に日は暮れて部活動も終わりほとんどの生徒が帰り始めていた。希望は薄かったが放送室にてその娘の名前を呼びかけた。奇跡手にまだ帰宅前だったようで呼び出しに成功、二人は無事に会えたようだ。いくらお節介な俺でもこれ以上干渉する気はない、後はお任せすることにした。

 自分も帰り支度をすることにした。腕から血が出ていることに気づく。ハンカチはないかとポケットを探ると何かが落ちた。

「先生、落ちましたよ」

 通りすがりの女生徒が拾ってくれたそれは、あの男から回収した下着だった。女生徒の表情が強張る。俺も固まる。俺はこのとき人生で初めて、自分の正義行為を悔やんだかもしれない。

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