第2話 虎退治

馬を走らせると自分の内股に無駄な肉がついてきているのが分かった。

最近鍛錬を怠けている。明日よりきっちりせねばなるまいと誓ったところで錦山神社に着く。

見れば同じことを思った熊本人が山をなしており、槍だの銃だの持って駆けつけていた。中には大鎧を構えているものもいた。目ざとい者もいたか、それらの人間を相手にする屋台まで立っている。


それにしても、この人数は多すぎる。儲かるのは酒を売る屋台ばかりである。そもそもいっかな虎であろうと、この人数で戦うとなるとひとたまりもないはずである。それはどうにも男らしくない。そこで順番に対決しようと誰かが呼びかけ、皆の賛意を得たが次に誰が先人になるかで大揉めした。

昔なら家格で決まった処なれど、御一新のあととなると家格を持ち出すのも男らしくない。そこで勢い戦って勝負をつける事になるのだが、神社仏閣の門前で喧嘩騒ぎなどもってのほかであろうとなり、ここは紳士的な熊本人らしく将棋で勝負をつけようとすることで話がついた。

同時に、虎にも体力があろうから挑戦するのは一日三人とし、餌、水は十分与えること、討ったのちは皮など剥がずに本妙寺で葬り、名誉を守ってきちんと祀ること、もし十日生き残れば放免とすること、また近隣の迷惑を思って夜討ち朝駆けは戒めるものとまとまった。この辺りですでに日もとっぷり暮れていた。

ランプの明かりを頼りに将棋をさしている鎧姿の老人の対局を見るうち、なんでここにいるのか分からなくなってきた自分に気づいた。熊本ではそういうことがよくある。近藤君もきっとそういう気分になったに違いない。左右を見れば色々な取り決めをして満足げに帰る者もたくさんいた。が、清正公さん、地の言葉ではせいしょこさんの人気は絶大なもので、諦めきれず、居残るものも多かった。


そのうち、警官隊がやってきた。全員が西洋刀をさして、反対の腰には拳銃まで下げている。政府の命令とはいえ、大小をささぬのはなんとも間抜けな姿に見えたが、彼らはそんなことお構いなしに武装しての集会は許さぬから解散しろという。

命令されなければ雲のように集まって合議するが命令されるのは文字通り死ぬほど嫌いな熊本人としては腹の立つことこの上ない言い草である。何度も反乱をされて三箇所も四箇所も駐屯地を作っておきながら、今だ我々の事を分かっておらぬらしい。

我々は将棋をしているのだ、今回は反乱を企てているのではないと誰かが噛みつき、警官隊と睨み合いになった。

結局、日も変わる頃、本妙寺の住職と錦山神社の宮司、兄弟揃って警察署長と共に姿を見せて仲裁に入った。警察署長も自分だけでは事態は収拾しないと思ったらしい。


住職はこんなこともあろうかと夜から飯を炊き、大量の握り飯を用意していた。これが振舞われ、多くのものが感激した。結局はこの握り飯が効いて解散することになった。熊本人は武に屈する事はけしてないが、親切には遠慮する。

それで、皆帰ることになった。僕も仕方なく帰る事にする。まだ未練のある数名が、仲間に説得されるのを見ながら、家路についた。

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