鳥籠な魔法使い

砂時計草

第1話 飼いはじめ

「……以上の通り、休学を申請いたします。っと、記入漏れなし。完成!」

まだぽかぽかとした陽気の残る5月のはじめ。ゴールデンウィークと呼ばれる大型連休の初日、早朝。梅木うめき 恵司けいじはこの春入ったばかりの大学の休学届を書いていた。完成した休学届を封筒に入れ、大学の住所を書いて切手を貼る。恵司がその作業を終えた頃、呼び鈴が鳴る。

「はーい、いま行きます」

一人暮らしにふさわしいワンルームのマンション。決して広くないその居室を横切り、恵司は玄関のドアを開ける。するとそこには、紺のセーラー服に身を包んだ女の子が立っていた。

「おはようございます、恵司さん。用意はできましたか?」

そう聞いてくる女の子に対し、恵司は自らの頬をつねった。

「痛い」

「もう、何おかしなことをしているんですか……準備ができているなら行きますよ!」

彼女に呆れられながらも、恵司はこれが夢でないことを喜んだ。そして我に返り、「あ、待って、休学届出してこなきゃ」

そう言って先ほど切手を貼ったばかりの封筒を持って駆け出した。しかしすぐに立ち止まった。確かに手に持っていたはずの封筒がひとりでに飛び出し、そのままどこかへ飛び去ってしまったのだ。

「はいはい、私が代わりに出しておくので、恵司さんは早く荷物持って来てください!」

怒られた。ご機嫌斜めな彼女に睨まれながら自室に戻り、まとめてあった荷物を持つ。彼女がつけている星を模した小さな髪飾りがほのかに光る。

「それでは今度こそ行きますよ。では、魔法界まほうかいへ!」

髪飾りは光を増していき、やがて二人を包み込んだ。




ことの発端は一週間ほど前にさかのぼる。新しい生活に少し慣れてきた頃、僕こと恵

司は何となく眠ることができず、夜風にあたりながら近所の公園を歩いていた。少し大きなその公園は、半分が芝生の生えた運動場、もう半分は噴水やベンチのおかれている散歩道になっており早朝から深夜まで人気のジョギングコースだった。しかしこの日、後になって考えてみれば、不自然なほどに人がいなかった。例え夜中だろうと誰かしら走っているだろうし、そうでなくともここにはホームレスのおじさんが数人住んでいたはずだ。そんななか僕はベンチに腰を下ろして噴水を眺めていた。


どれくらい時間が経っただろうか?僕はひどい頭痛と共に目を覚ました。あれだけ眠れないと困っていたのに、すんなり寝入ってしまっていたようだ。あたりはまだ暗く、なぜだか運動場の真ん中にいた。僕は困惑し、なぜここにいるのか考えた。しかしいくら思い出そうとしても、ベンチに座って噴水を眺めていたということしか覚えていない。そこでふと、違和感に気付く。今しがた頭を抱えていたはずの腕が、無数の鳥の毛に覆われているではないか。おもわず声を上げてしまう

「ピィ!」

そして慌てて口をつぐむ。今のが……僕の声……?

もう一度小さく声を出してみる。

「ピピョ……」

あまりのショックに我を忘れ暴れる。大きな声を上げなかったのは、まだ信じられず、怖かったから。腕をばたつかせると体が少し浮いた。そのままどうにかなってしまいそうだった僕を助けてくれたのは、紺のセーラー服を着た魔法少女だった。

「落ち着いてください!」

そんな声が聞こえて、僕はひとまず正気を取り戻した。

「まずはこれを飲んでください。」

そう言って彼女は小瓶を取り出す。僕のくちばしを開き、それを流し込んだ。

ひどく苦いそれは体中にしみわたっていき、僕はまた眠りに落ちた。


次に目が覚めた時、僕は自室の布団の上だった。どうやって帰ったかはまたしても思い出せなかったが、それよりも今見た夢が気がかりだった。やけに鮮明なそれは、まるで昨日公園で起こった事件の中で失っていた、僕の記憶を補完するような内容だった。要点を絞って説明すると、噴水を眺めていた僕は怪しげなローブを着こんだ男に無理やり何かのカプセルをのまされた。すると僕は大きな鳥の姿の怪物になり、あたりを破壊し始めた。少ししてそこに、フリルのたくさんついた衣装をまとう女の子が現れ、僕に強い光を浴びせた。すると僕は元の姿に戻り、口から鳥の形の影が出ていった。しかしその影は何かに引っ張られるようにして僕の中に戻り、僕は目が覚めた時の姿、鳥人間になった。そこで夢は終わっている。朦朧とした意識のままで時計を見ると、すでに午後の3時をまわっていた。ぐぅー、っと腹の虫がなき、布団からはい出て食事を作ることにする。起き上がり、台所へ向かおうとすると、

「むぐっ」

柔らかい何かにつまずいた。しかもその何かは今確かに声を発した。恐る恐る足元を見下ろすと、昨日の紺のセーラー服を着た女の子が毛布にくるまって眠っていた。

昨日の体験のおかげか、この程度では驚かなくなった。

「あの、起きてくださいー?」

声をかけながら揺さぶる。揺さぶる。まだ揺さぶる。しばらくそうしているうちに女の子は目を覚ます。

「うぅ……?だれ?」

目をこすりながらそう言った。

「それはこっちの台詞、何でこんなところにいるの。」

意識が覚醒しつつあるらしい彼女は僕を指さし、

「昨日の鳥人間さん?」

「そうだけど。そういえば昨日は助けてくれてありがとう。」

僕はとりあえずお礼を言った。

「とりあえずそこに座っててくれる?今お茶入れるから」

そう言って彼女を小さなテーブルのそばに座るように促し、お湯を沸かし始める。命の恩人(?)にお茶も出さないのは失礼だろう。カップを二つ取り出し、インスタントコーヒーの粉を入れる。沸騰したお湯を注ぎ、

「お砂糖とミルクは?」

「……多めにお願いします。」

彼女が恥ずかしげにそう言うのが可愛らしくって、思わず笑みがこぼれる。彼女はというとまだ眠そうにあくびをしている。市販のクッキーをお皿に並べ、できたコーヒーと一緒にテーブルに並べる。お互い起きたばかりでお腹が空いているのだろうが、聞きたいことが山ほどある。食事はそれまで我慢しよう。

「君は誰?ねぇ、僕はどうなっちゃったの?あのローブの男は何者?」

矢継ぎ早に聞く僕を遮って、彼女が答える

「一つずつ答えます。まず私の名前はローリエ、貴方たちの言うところの魔法使いです。ところで、えーと、貴方のお名前は?」

「梅木 恵司だよ」

「じゃあ恵司さん、貴方は昨日の晩、悪の魔法使いによって怪物にされてしまったのです。具体的には私たちの住む世界の生物、霊鳥と混ぜられてしまいました。それを私が浄化によって正常な恵司さんに戻したはずだったのですが、霊鳥と恵司さんの相性が良すぎたらしく、分離できませんでした。」

「えっ、つまり僕はこのまま一生鳥人間として生きていかなきゃいけないの?」

冗談じゃない。

「いえ、霊鳥は元々実体を持たない生き物です。そこで、恵司さんの中に切り離すことで恵司さんを人間に戻しました。恵司さんはいわば霊鳥を内に飼う鳥籠となったのです。」

「よくわからないんだけど、昨日みたいに姿が変わったりとかは?」

「もうなりません、大丈夫です。」

ひとまず胸をなでおろす。冷めてしまったコーヒーをあおる。

「ただ、このままというわけにもいきませんし、恵司さんには一度、こちらに来ていただきます」

「こちら……ってどこに?」

「魔法界です」

コーヒーを吹き出しかけ、何とか踏みとどまる。

「霊鳥が目を覚まさないうちがいいので、一週間以内に出発します。とても時間がかかるので、しっかり準備をしておいてください。」

「目を覚ますってことは、僕の中にいるっていう霊鳥とやらは今は寝てるの?」

「はい、昨晩だいぶ力を使ったのでしょう。」

「それでは私はこれで。コーヒー、ごちそうさまでした。」

そう言って彼女は靴を履き、ドアノブに手をかける。

「一週間後に迎えに来ます。」

そう言い残してどこかへ行ってしまった。


その後の一週間、とても忙しかった。しかし、魔法界に行くというとんでもないハプニングにワクワクしてる自分もいた。人は誰しも、一度は魔法に憧れる者である。春で、大学生で、ゴールデンウィークだった。少し……いや、かなり浮ついてたのだ。この時はせいぜい、刺激的な小旅行というほどにしか考えていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鳥籠な魔法使い 砂時計草 @fd4qs

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ