掌編 海底遊戯
ガジュマル
第1話
僕が生まれたのは琉球弧に点在する小さな島だ。
小学生の頃、夏休みになると毎日海へと出かけたものだった。
近所に住むドゥシ(友達)の比嘉に声をかけ、古びた自転車にまたがり走り出す。
並走する二台の自転車はセミの鳴き声をBGMにビーチを目指す。
僕と同じように黒く焼けた四肢を懸命に動かし、「今日も先につく!」といつものように比嘉が叫ぶ。
僕は笑いながらも真剣にペダルをこぎ始め、比嘉を喜ばせようと少しばかり抜き去ったあと抜かれてやるのが常だった。
島で一番大きなビーチにたどり着くと、夏の記号が二人を待ち受けている。
ギラギラと照りつける太陽。
輝くクリスタルのように透明な海。
熱く足裏を刺激する白い砂。
水平線上で立ち上る雄大な入道雲。
だが、二人にとってそういった記号は無意味だった。
僕と比嘉の愛する記号は女の子だった。
流行の水着をつけた夏の女神たち。
僕と比嘉は一瞬お互いの顔を見つめてニヤリと笑い、Tシャツを自転車のカゴへ脱ぎ捨て、マスクとスノーケルを片手に海へと突撃する。
浜辺から覚えたてのクロールで少しばかり沖に出ると作戦をかねた休憩をとる。
膝をかるく曲げた状態で仰向けに海面に浮かび、やわらかくうねる海の動きを感じる。
巨大な蒼穹は青く澄みわたり、耳元ではチャプチャプと海水がゆれている。
「いくか?」
僕の問いに「おう」と比嘉が答える。
立ち泳ぎに変えると、マスクの曇り止めにつばをつけて軽く洗う。
ターゲットを見定めるため、視線は周囲にあそばしたままだ。
「アレにしようか?」僕の指差す方向を見て、比嘉が笑いながら右手でOKサインを出す。
手馴れた動作でマスクを装着するとスノーケルをくわえて泳ぎ始める。
この時、ターゲットに向かって直進しないのがポイントだ。
方向を少しずらしてターゲットに近づき、10から15メートル前に潜水。
潜りながら方向を変え、ターゲットの下に向かう。
軽く息を吐きながら、中性浮力をとりつつターゲットの真下に到着。
僕たちは仰向けになり海底で寝そべる。
眼前では、陽射しできらめく海面を身にまとい、美しい女神たちが舞っていた。
時折顔を見合わせ、僕と比嘉は笑いあった。
だが、悲しいことにこの作戦は二・三分しか持たない。
「だんだん長く潜れるようになったし、限界まで挑戦してみようぜ。やばくなったら相手の手を強く握って知らせるってのはどう?」
この比嘉の提案にのってしまい、悲劇が訪れた。
三分は経っただろうか、限界が来た僕が比嘉の手を握ると、比嘉が握り返してこない。
不審に思った僕がとなりをみると、比嘉は口元に笑みを浮かべたまま失神していた。
慌てた僕は浮上して、泳いでいたカップルに助けを求めた。
僕は男をみてギョッとした。
映画ターミネーターのアーノルド・シュワルツェネッガー似の男がそこにいた。
『殺される』と思った瞬間、日本人と思われる彼女の取り乱した翻訳を聞き、ターミネーターはすばやく潜り始めた。
「彼、元ライフガードでネイビー・シールズ。安心して」
海面に浮上し、比嘉の顎に片手をいれ恐ろしいスピードで遠ざかっていくターミネーターを呆然と見ている僕に彼女が声をかける。
元監視員だったという米海軍特殊部隊のターミネーターはいいやつだった。
失神したため海水を飲まなかった比嘉を人工呼吸ですばやく蘇生させると、名前も告げずに去っていった。
ふらつきつつもお礼を言った比嘉だったが、二人が遠ざかると独り言をしょんぼりとささやいた。
「俺のファーストキスが……」
僕は息ができなくなり、あやうく陸上で笑い死ぬところだった。
これに懲りた僕らはこの遊びをやめる事にした。
やがて夏休みが終わり、二学期が始まった。
体育の授業は当然ながら水泳で、その日はいろいろな競技を行った。
潜水の計測で僕と比嘉が学年の潜水記録を更新した事は言うまでもない。
掌編 海底遊戯 ガジュマル @reni
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