第一部-開幕 『レセントメント・アンド・ブラッド・リレーションシップ』


 俺は、姉貴が嫌いだ。

 幼いころから優秀だった姉貴

 一方俺は何もできず、世間からろくに評価もされない腕っぷしだけが強く、ひたすら姉貴と比べられてきた。

 それこそ、物心つくころから

 歩き始めるのが遅い、頭が悪い、友達が少ない、歳上に対する礼儀がなっていない、社会適応力が無い、まともにしゃべることさえできないと言われたこともある。

 そう言うのは専ら消えた両親の代わりにきた大人たちだった。

 こうして俺には愛情や、道徳心よりも先だって劣等感が刷り込まれていった。

 つまり俺は、幼いころから劣等感の塊でしかなかった。


 今なら言えることがある。

 というか今でしか言えないことでもある。

 それが嫌というわけでは無い、というか嫌と感じていたことすら忘れていった。言われ続けた、そう感じる期間が長すぎたのだ。

 つまり、慣れたのだ。

 姉貴と比べられ、ひたすら馬鹿にされる日々

 それは余りにも長すぎたのだ。

 しかし

 慣れたものの、ストレスはたまる一方だった。

 そしてそれの鬱憤を晴らすかのごとく俺は喧嘩を吹っ掛け続けた。

 腕っぷしがここで初めて役に立ったのだ。

 また、喧嘩は楽しかったので止めることができなかった。

 学校でも平気で喧嘩を続けた。裏通りに入って不良どもにケンカを売り続けた、顔に傷が付いているような奴らに刺されたこともある。

 入院したこともある。

 それでも俺は喧嘩を売り続けた。

 その度、謝りに来るのは姉貴だった。

 自分より年上で、自分より弱い奴らに姉貴が頭を下げている、その顔を崩して、泣いて謝っている。

 無様な姿だった。

 俺はそれを見て楽しんでいた。

 こんな時でしか優越感を感じることしかできなかった。

 その分、その優越感は至高の蜜の味だった。


 しかし、それは一瞬だけの味だった。

 家までの道筋、帰り際になると姉貴は今まで泣いていた顔を一転、とても良い笑顔になるとこう言い放つのだった。


 「ま、私は演技得意だから」

 は?

 「私が嘘泣きして謝るだけでいいならいくらでも謝るよ」

 は?

 「両親がいないぶん、私が公人を支えるからさ」

 は?

「だってさ……私は公人の事大好きだから」

 は?

 何言ってんだよ


 俺は……




 お前の事なんか大っ嫌いなんだよ!!





 ――ミリアの日記 その一 ――


 日記をつけてみることにした。

 最近、記憶があいまいになる。

 叶芽さんが言うには薬の影響だと言うが、なんだか心配で仕方がない。なので、日記をつけることにした。

 こうすれば、少しは忘れずに済むんじゃないかと思ったからだ。

 なんだか、老人みたいなことをしている自分に笑いがこみあげてくる。

 不謹慎だと怒られるかもしれない

 ふとそう思ったが、私の周りに怒ってくれる人はいない。


 あれから一年、流輝が消えてから二年が経とうとしている。

 私はもう十八になろうとしている、誕生日は十二月二十五日、まだ先ではあるのでしばらくの間は十七歳を堪能できる。

 あと三年で私は大人だ。

 今でもずいぶんと大人になったと言われるが、ダーレスの言うことは信頼できない。

 それに、自分で自分の事を大人だと思ってはいない。

 それは、私は未だに流輝の事に執着しているからだ。

 忘れられないでいる。

 これはおかしい事では無いと叶芽さんは言うが、自分ではこれはおかしいことだと感じている。

 そのことについて整理するためにも私は日記を書くことを決心したのだ。


私に悩みはいくつかある。

 しかし、ここで言及するのは一つだけだ。

 その一つとは、つまり


 私は流輝の事が好きなのだろうか


 これである。

 もちろん、男としてという話だ。人間として言うなら流輝の性格や人当たりの良さは好きだった。

 しかし、男として、恋愛的な意味での好きかどうかは正直、悩む。

 一度、アリサと話したことが思い出される。

 あれは流輝の故郷の事での話だった。二人でホテルの露天風呂に入り、何の意味も無い会話をした。

 あの時、私は確か「分からない」とか何とか答えた気がする。アリサははっきりと「好きだ」と言ったはずだ。

 あの最後の休息の時、よく覚えている。

 私はあの時、こう思ったことも覚えている。


 なんか、軽いな


 そう、なんか軽かったのだ。

 恐らく、私が考えている恋愛観とアリサの考える恋愛観は全く違うのだろう。

 アリサは一目惚れとか運命とかを信じていたはずだ。アリサは意外と乙女だったから、少女マンガとかよく読んでたし

 でも、私はそう言うのは信じていなかった。

 恋愛というのは難しいものだと信じていたから

 それは多分、遠距離恋愛の末、結婚、夫婦生活がこじれてしまった両親を見ていたからだろう。両親が死んだ今こそ言えることだが、あれはなかなか醜いものだった。

 難しい恋愛を重ねた末の失敗

 これは見ていて悲しいものだった。


 愛しているとか、好きだとか

 何だとか言っても、いつか破綻する。

 破綻せずとも人はいつか死ぬ、離ればなれになるのは確実なのだ。それまでの間、果たして愛が続くのだろうか

 そう考えると恋愛観が難しく思えてくるのだ。



 でも、それでは私が流輝の事を好きじゃないということにはならない。

 現に、私は流輝の事を特別視しているのだ。


 となると、これはどうなるんだろう?


 続きは明日にしよう

 これから仕事だ。


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スーパーロボット・オブ・ザ・クトゥリュー・サーガ 田中鉈 @tanakanata

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