誘惑の死神は甘い香り

 なぜか他の酒は一切注文されない。テーブルも続々オーダー。


【フロム・ザ・ダークサイド】シェイクするマスターまで交えて彼女との会話も弾んだ。心地よい酩酊感に任せて時間も忘れた。


 彼女に導かれて訪れていた場所【BAR・Darkside】二階にあった客室だ。いつしか彼女とベッドをともにしていた。



 それは正しく麻薬に溺れたSEXだ。間違いない事実だろう。

 しかも感覚だけは身体が克明に記憶している。精神的にも麻卑状態らしくて通常なら考えられない常軌を逸した行為に溺れた。


 行為の瞬間だけ俺たちは理性など持たない野獣と化していた。何度目かのめくるめく快感だ。すべてが終わってから彼女が俺の胸にもたれかかる。同時に先刻の悲壮な微笑みで静かに伝える。


「可能なら二度とこのお店に来ない方が良いわよ。そうしないとあなたも同じ運命を辿ることになるの。いえ無駄かもしれない。あの快感を一度でも覚えた人間。抗うこともできないはずよね」



「キミの言葉は理解できない。逢うために毎晩ここにくるから」

 ちいさく彼女がつぶやいた。俺から確かにそう応じたはずだ。


「そうよね。またいつか。どこかで出逢えるならそれも愉しい」

 俺の言葉を聴いた彼女だ。囁いたのが微かに記憶の淵にある。


 その瞬間だった。思考が途切れて気がついたのは翌朝だった。場所も自室でベッドの上だった。家に戻ったのも憶えていない。


 あれは夢だったかと頭を抱えた瞬間。気分が悪くなり胸奥からこみあげる吐き気と激痛まで走り抜けた。洗面所で堪えられずに吐いたモノ。それはあのカクテルと同じ色。大量の血塊だった。



 その瞬間昨夜どうしても思いだせなかった彼女に気がついた。


 彼女は確か? 不吉な予感に届いたばかりの全国紙を拡げた。半ば予期したとおり紙面に彼女の急死を知らせる記事があった。


 彼女は身体を壊して入院していた数年前の爆発的人気歌手だ。

当然だが俺自身もファンのひとり。国民的なアイドルグループで

センター格とされていたほどの実力者。主力のメンバーだった。


 死に至る病名。現代の医学で解析不可能な病状と記事は結ぶ。目で追いかけながら当然のように今更だけどすべてを理解する。


 彼女が残した真意だ。自分の命も長くない事実さえ認識した。



 既に死を迎えた彼女。他に俺を含めて店にいた客全員だろう。「闇の淵から」名前どおりに魔界の飲物を望んで口にしていた。


 なぜだか確信した。死神が最後の手を差し伸べる瞬間まであの店に通うのだろう。在るはずもない彼女の幻影を求めるために。


「闇の淵から」悪魔から招く酒だ【フロム・ザ・ダークサイド】カクテルを求めて――

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深淵で誘う刹那の女性シンガー 神無月ナナメ @ucchii107

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