第10話 決戦の時

「よう、オッサンたち。大事な坊はどうしたんすか?」


死神は部屋の前で待っていた。


坊は、ずっと神社で生活していた。案の定ここは危なかったのだ。


「坊は関係あらへん。アンタが用があるのは


わしらやろ?」


「まあね、オッサンたちを消せばいい話なんだけど、


それじゃ俺の腹の虫がおさまらないんすよ。」


「おさめてもらえんやろうか。


わしらを消したいんなら、そうしたらええ。」


「オッサンたち、ナメてんの?いいわけないじゃん、それで。


俺もノルマ邪魔されたし。あの時だったら簡単に


あの坊やを持っていくことできたのに、なんか


変な免疫できて、いつの間にか強くなってるじゃん?


俺の仕事、やりづらくなったんだよね。


ああいう、弱い憑かれやすいやつから持っていくのが


楽なのにさ。」


死神はわざとらしく溜息をついた。


そして、ひらめいたような顔をした。


「ははーん、オッサンたち、坊やをあの巫女の神社に匿ったのか。


オッサンたちの考えることくらいお見通しなんだよねー。」


そう言うと、死神はどこからとなく、大きな鎌を持ち出してきた。


ふわっと死神の体が浮いたかと思うと、


神社のほうに凄いスピードで飛び立った。


「あかん!坊は関係あらへん。やるんなら


わしらをやればええやろ!待て!」


神々は必死に死神を追いかけた。


死神が来ることを予期していたのか、鳥居の下で詠が立っていた。


詠の手には大幣が握られていた。


そして何事か唱えながら大幣を振ると、白い木蓮の花吹雪が舞った。


「そんな子供だまし、俺には通用しないっすよ。」


死神が大鎌を振るった。


かろうじて避けた詠の巫女装束の袂が少し切れた。


死神は神社に侵入して行った。


詠と疫病神、貧乏神がそれを追いかける。


3人は力を合わせて、死神の前に立ちはだかり、結界を作った。


「無駄っすよ。そんなの、すぐに壊すからね。」


死神は笑った。


騒ぎを聞きつけて、僕は境内に走った。


そこには大鎌を振り回し、疫病神と貧乏神に襲い掛かっている死神が居た。


「疫病神!貧乏神!」


僕は今まで出したことの無いような大声で咆哮した。


「お、ご主人様のお出ましっすね。飛んで火にいる夏の虫!」


そう言うと一気にこちらに走り出した。


「あかん、坊、逃げて!」


疫病神が叫んだ。


「うるさい虫っすね!消えろ!」


そう言うと死神は、大鎌を一振りした。


疫病神は大鎌に切り裂かれ、舞い散る砂のように消えてしまった。


「うわああああああああ!」


僕は声の限り叫んだ。疫病神が!絶対に許せない。


僕は、弓を構え、詠の破魔矢をぎりぎりと引いた。


「おやおや、いつの間に。坊ちゃんも力をつけたんすね?面白い。


やれるもんならやってみろ!」


そう叫ぶと今度は、足にすがる貧乏神を笑いながら切りつけた。


すると貧乏神も砂のように消えてしまった。


僕の怒りはもう頂点に達した。


僕が破魔矢を放つと、その矢は死神の左手に命中した。


死神の顔が一瞬苦痛に歪んだ。


「やるじゃないっすか。ちょっと痛いっすねえ。ただで済むと思うなよ?」


そう言うと、僕の放った矢を手から引き抜いた。


死神を仕留めることができなかった。


死神の大鎌は次は詠に狙いをつけた。


僕には誰も守れないのか。僕は絶望に立ち尽くすしかなかった。



その時突然、神社の大きな木蓮の木が閃光を放った。


あたり一面が真っ白になり、皆目がくらんだ。


薄く目をあけると、木蓮の木の枝が無数の手になった。


千手観音!


そこには木蓮ではなく、観音様が居た。


無数の手はどんどんと死神のほうへ伸びていった。


死神はあまりのことに、茫然自失して油断していた。


無数の手に掴まれて、高々と抱え上げられた死神は


体を八つ裂きにされた。


そして、小さな塵芥となり、観音様の手のひらに納まった。


すると観音様はそれを胸の前で握り締め


自らの中へと取り込んだのだ。


僕はがっくりと膝をついて号泣した。


疫病神と貧乏神が死んだ。


「青年よ、嘆くでない。疫病神と貧乏神は死んではおらぬ。


帰るべきところへ、帰っただけなのだ。」


別の二つの手に持った砂を、僕の両手に乗せた。


「これを祀るがよい。そなたはいつでも、神々に会いにくることができる。」


そう言うと、光は徐々に弱くなり消えていった。


はかない光の中に、一人の巫女装束の美しい女性が立っていた。


「お母さん!」


詠が叫んだ。


その木蓮の木の下の巫女は微笑んだ。


「ありがとう。お母さん。護ってくれたのね。」


「詠!」


後ろで事の次第を見守っていた、神主のオッサンが叫んだ。


「やっと、君に会えた。」


オッサンの目からはとめどなく涙が溢れていた。


オッサンにも見えているんだ。詠のお母さんが。


はかない光の中、微笑む巫女はあっという間に消えてしまった。



「詠という名前はね、母親の名前をそのままつけたんだ。


僕は未練がましい男だ。ずっと詠のことが忘れられなかったから。


子供に同じ名前をつけたんだよ。」


オッサンは涙をぬぐっていつもの人の良さそうな微笑みを浮かべた。


__________________________


僕らは観音様からもらった砂を、二つの祠に祀った。


僕は強く生きるよ。


疫病神、貧乏神、君たちと過ごした日を忘れずに。


僕は祠の前で手を合わせたのだ。




数ヵ月後、僕は勤めていた会社を辞めた。


別に仕事が嫌になったわけでもない。


詠の神社で働くことになったのだ。


僕は相変わらず、あの二つの祠を護っている。


ずっとあいつらが僕を護ってきてくれたから。


今度は僕が護るのだ。

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カミツレ よもつひらさか @yomo2_hirasaka

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