藤原伊織著『テロリストのパラソル』 著者の思惑通り読者は誘導され最後に驚きが待ちうけている
『テロリストのパラソル』は、藤原伊織による日本のハードボイルド小説。江戸川乱歩賞及び直木賞を受賞しています。1995年初版発行。
著者は1948年大阪市に生まれます。
東大に入学するエリートですが、当時は学生運動で大学が荒れていました。
彼を知る人がweb上で書いています。
「学生時代、安田講堂に立てこもり昼寝ばかりしていたらしい。1969年1月に安田講堂で機動隊と相対したが、ゲバ棒を持って突っ込んでいく闘争心は持ち合わせずノーテンキ」
『テロリストのパラソル』は、学生運動に参加した経験が下地になっているでしょう。
犯罪推理ハードボイルド小説に欠かせないのは、後ろ暗い過去を持つ一匹狼の主人公、美女にギャングと拳銃、男の悲哀。それに男同士の友情も無くてはならないもの。
『テロリストのパラソル』には全ての役者は揃っています。
その上、ジャガーの車に拳銃を向けてくるバイクとの、カーチェイスさながらの壮烈なレースも盛り込まれています。ジャガーの助手席に乗っている主人公は、機転をきかせ手元にあるものでバイクをかわします。
映画なら惚れ惚れする場面。
スマートなユーモアも、どんでん返しも…と盛り沢山。海外小説を読んでいるかの様です。
「アル中の中年のバーテン」で「くたびれたボクサー崩れ」の主人公が、陽の差さない部屋で目が覚めるところから始まります。うらぶれた生活。
世の中の大方の人が送る秩序立った社会生活から外れて生きている。
ここに私は安心と落ち着きを持って読み進める気持ちになれます。
大阪生まれであれば尚更きっと私とも通低するところがあるはずと、おこがましい確信を持つのはおかしな事です。
ハードボイルドの主人公ですから、彼が目を見張る活躍をするのは分かりきった事、と確信し読み進めれば、たちまち事件が起り、スパイ映画のヒーローさながらの素早い行動力を見せます。
読者を飽きさせません。
主人公の菊池俊彦(島村圭介)と桑野誠、園堂優子の三人は、東京大学の同じクラス仲間でした。また学生運動の仲間でもあり、三人を含め七十人が駒場第八本館に一年近く
学生に占拠されていた安田講堂が、1969年警視庁によって封鎖解除されると、その後彼等三人を含め駒場第八本館の学生も撤退します。
桑野は言います。
当初、体制や権力を相手に回してきたつもりだったのが、そうではなく「この世界の悪意なんだ。ぼくらが何をやろうとそれは無傷で生き残る。ぼくらがやってきたのは負けが分かっていたゲームだ」
その後、大学に行かなくなり、桑野は仕事を見つけ洋装品メーカーの直営店の店員になります。園堂とも連絡が途絶えます。
主人公の菊池は早朝からパン工場で働き午後二時からボクシングジムに通い始めプロテストに合格するまでになります。
一年してから園堂優子が「帰るところが無い」と言って菊池のアパートで共同生活を始めます。
お互いの事情は一切聞かず、彼女は菊池の持つ本の現代詩と現代短歌を熱心に読みます。
掃除、洗濯、食事作りは菊池の担当で、彼が働くのを黙って眺めていました。
そこに桑野もやって来る様になり三人が笑い合う幸せな時間がありました。
菊池が闘うボクシングの試合を観にくれば、彼女も桑野も「殺せ!」と声を張り上げる。
死んだ叔父から貰い受けたポンコツ車でドライブにも行きます。
三人の男女の関係に著者は触れません。
三人の心のありようにも触れません。
読者の想像に委ねています。
後々、読者は著者の手法に舌を巻く事になります。
突然「さよならチャンプ」の置き手紙一枚残して優子は菊池のアパートを出ます。
彼は「彼女は帰る場所を見つけた」と勘違いして自分を納得させます。
その後、桑野はフランスに行くと言い「その前に富士山にゴミを捨てたいので、君の車で連れていってくれ」と頼みます。
途中ブレーキが効かなくなった車から二人は逃げ出し、ゴミだと言った爆弾と共に車が爆発します。
その時そばに居た子供を、桑野が
桑野はフランスに立ち、菊池は島村圭介と名前を変えて身を隠し続けます。
1971年の事です。
22年経ち、アル中のバーテンになっていた主人公は、パン工場で働いた経験から美味しいホットドッグだけを作る店主になっています。
友人はバーにやって来る週刊誌の記者と元大学教授で法医学者のホームレス。
そして新宿中央公園で爆発事件が起き、偶然にも桑野と園堂が死亡します。
主人公は暴漢に襲われ、変なヤクザにつきまとわれ、昔のあの事件が関係しているのかと「孤立無援の闘い」が始まります。
菊池が事件の全容解明する最後の場面で、読者を驚かせます。「あの些細な文章と、あのさりげない場面が大事だったんだ!」
直ぐに最初から読み直して、短い文章ひとつひとつに伏線が敷かれていたと納得します。
桑野が洋装品メーカーの店員になることも見逃してはいけない。菊池の短歌の本も廻りまわって事件解決に導きます。車の爆発の時に助けた子供、死亡した警官、この時の桑野の腕の負傷さえも関わってきます。
友人の週刊誌の記者とホームレスも菊池の事件解決を助けます。
事件後に出会う人々も登場し、全ての人が重要な働きをします。
三人が大学生の頃の話は、バーテンダーになった菊池の思い出として語られるので、軽く読み流してしまいます。
著者の手法にまんまとのせられ、迂闊な私を笑ってしまいます。
これまで読んだ『ロング・グッドバイ』『9ミリの挽歌』などハードボイルド小説の筋書きの組み立て方は全てこの通り。
物語の最後で全容解明し、途中で伏線は張るものの決して悟らせない。その上「この人がこんな役割りをしていたのか」と読者を驚かせます。
もっとも数冊読んだだけで思った事です。
藤原伊織は卒業後、あの大手広告代理店『電通』に就職します。
ここでの経験も小説『シリウスの道』『ひまわりの祝祭』の中でいかされています。
彼の本を読みふけった時期がありました。
しかし2007年59歳の時、食道がんで亡くなります。「まだ書きたいものがある」ともらし、心残りだったことでしょう。
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