『ツバキ文具店』麗しい大和言葉。手紙の書き方と道具。それから息子のじんましん

本を開けば先ず最初のページに、ツバキ文具店の玄関先が線描され、次のページには鎌倉の地図に、名所旧跡と美味しいお店が可愛いいイラストで描かれています。


読み始めると、実際にある鎌倉でありながら非現実的で理想的な街に迷い込んだ白昼夢の様です。

そこに住むのは、優しく汚れのない人々で生活臭のない暮しをしています。

古風でメルヘンチックな甘さがあります。


現実的な頭の私には苦手な物語かもしれない、と思いながら読んでいました。

きっと途中で投げ出しそうです。


ところが読み進むほど、忘れかけていた清楚できらびやかな言葉がページごとに散りばめられ、心が潤う様です。文章が美しい。


今では風前の灯となっている日本古来からのならわし、たしなみ、他者との関係を良好にする心得と言葉遣い、が沢山登場します。


そして読み終える頃には、丁寧な暮しは心を正す、と教えられていました。


代書屋の鳩子が主人公です。

古来からある格式ある手紙の書き方と道具が数々登場します。

作者は紙と筆記具に精通しています。


奉書紙・墨・毛筆、日本のみならずヨーロッパの羊皮紙・インク・シーリングスタンプ・羽根ペンまで、華やかで美しく静謐なひとときを演出する道具達です。


切手や封筒にもこだわります。

「封筒の表が顔なら切手は口紅、切手選びは送る人のセンスの見せどころ」と言います。


鳩子は、離婚を知らせる手紙の為に、二人が結婚した15年前の切手をわざわざ取り寄せます。

借金依頼の手紙の返事には、謝絶状(断りの手紙)を代書し、断固とした強い意思を示す為に、82円切手で良いところを金剛力士像のデザインの500円切手を貼ります。


私もデザインにこだわるところがあります。お気に入りの記念切手やグリーティング切手を買い集めています。

かつて、82円で良い封筒に120円の切手を貼ったことがありました。

慶弔用には、金色地に鶴亀のデザイン切手、小倉百人一首の切手シートの中の僧侶のデザインなど、色々迷うのも楽しいひとときです。


鳩子はバースデーカードの代書を依頼されます。

依頼人が持ってきたカードに、大正三年に発売された特別なボールペンを使用します。


また、長く付き合ってきた友人への絶縁状を代書。

羊皮紙に羽根ペンで鏡文字を書く!という離れわざをやってのけます。


世が世ならダ・ヴィンチの手紙です。


これら全ての手紙には、時代という時間に裏打された道具と言葉が使われ、格調高い重厚さがあります。


手紙は、季節の挨拶と息災を尋ねる事から書き始めます。古くからある手紙の形式です。

四季のある日本らしさと相手への思いやりが感じられ、次に続く言葉遣いも丁寧になります。


味わい深い麗しい大和言葉が数々登場します。

「勤」を「いそしむ」と読み、「つとめる」とは違った温かさです。


「たそがれるのもいいけど、お料理、冷めちゃうわよ」と話しかける 場面があります。

「たそがれる」のつかい方も今風で軽妙ながら淋しさも表現する良いことばです。


「水茎(みずくき)」の言葉は、いかにも美しい毛筆の筆跡を想像できる極上の表現です。


鳩子は、封筒に押し花をいれたり、「別れの悲しみ」の花言葉を持つハナニラを一輪添えたりしています。


もっと手軽に出来る『文香』があります。

封筒に便箋と一緒に入れ、手紙を開封すると良い香りが漂います。

販売されている物は白檀や丁子など線香を想像する香りです。


そこで、デパートの化粧品売り場で時々配っている、オーデコロンを染み込ませた紙片を使った事があります。親しい人への手紙に入れます。

使う機会を待って、あまり長く置いてしまうと、香りが無くなるのが難点です。


鳩子は五歳の幼い女の子にも手紙を書きます。

便箋と封筒が一体化した「郵便書簡」を使います。

切手も印刷されて便利に使えますが、その分使う相手が限られます。


私も持っていますが、引き出しに入れたまま。

随分古いもので、切手は六十円になっています。今では六十二円で販売されています。


「ご近所さんのよしみ」(近所の縁による親しいつきあい)では、強く共感する記述があります。

「私が子どもの頃はそんなに交流はなかった。…回覧板を届ける程度の間柄である。けれど、私が大人になって一度鎌倉を離れ再び戻ると…心地よい関係を保っている」


まさにこの通りで、わたしが時々実家に帰れば、子どもの頃からいらっしゃるご近所さんと、親しく話せます。不思議です。


考えてみれば、字にコンプレックスを持つ夫の代わりに私が何十通と手紙を書いてきました。

狭い交際範囲のかわり映えしない手紙ばかりではありますが。

毎年三月になると、神戸ではいかなごのくぎ煮を各家庭で作ります。かつて、鎌倉の隣にある藤沢市にお住まいの方に、くぎ煮を手紙と共にお送りしては、鳩サブレをお礼の品として頂戴していたのを思い出します。


あれこれ考えてみますと、私の人生に少なからぬ縁をこの本に感じられるのは嬉しい事です。


それにしても鳩子の夕食はもっぱら外食なのが気になります。

余計な御世話、と言われそう。


一歳半ほどの赤ちゃんがマヨネーズ をチューチュー吸う場面では、息子に離乳食としてブロッコリーにマヨネーズをかけて食べさせた事を思い出します。

じんましんが出て慌てました。

マヨネーズには生卵が入っているので、離乳食には、避けないといけません。

本の中の赤ちゃんは、大丈夫だった?

…と、これまた余計なお世話で、読みながらあらすじから脱線していました。

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