『マディソン郡の橋』別れたからこそ手に入れた永遠の想い
中年男女の思いがけない4日間の恋物語です。
女にとっては不倫になりますが、軽薄・多情からは程遠く、むしろ正反対にある言葉「貞節」のほうがこの恋にはふさわしと思える程です。半世紀の人生経験を持つ男女の、理性ある慎み深い美しい恋。
叙情的作品です。
(叙情…詩的でロマンチックに感情を表す)
アイオワ州マディソン郡の片田舎に住むフランチェスカは、農場主の夫と17歳と16歳の子供二人と暮らします。
読書好きなフランチェスカですが、家族は本に興味は持たず、もっぱらテレビに興じる毎日です。
共感出来るものが無い事に、彼女は失望と寂しさを持ちます。
それでも夫は妻と子供達に常に優しく接してきましたので、彼女も「穏やかなかたち」で夫と子供達を愛してきました。
ここの住人達は「親切でお互い助け合う良い人達」ですが、「文化的コンプレックスを持っていて」やはり彼女は、気持ちをオープンにして近所づきあいが出来ません。
結婚して「20年間閉ざされた生活をし田舎の文化の要求に合わせて行動を慎み感情を押し殺して暮らしてきた」
1965年8月のある月曜日から金曜日の夕方まで、子牛を出品するため農産物共進会に夫と子供達が出掛けます。
その間に45歳のフランチェスカと52歳のロバート・キンケイドが出会い、恋に落ちることになります。
『ナショナル・ジオグラフィック』のカメラマン、ロバート・キンケイドはピックアップトラックに乗ってやって来ます。
「屋根付きの橋を探しているが迷ってしまった」と月曜日フランチェスカの家を訪ねます。
まっすぐ見つめる彼のしぐさは、女を「惹き付けずにはおかない、太古からある、狙いをあやまたない単純明快なものだった」
誰もが憶えのあるこの体験を、詩的に的確に表現しています。
異性としてお互いを見る容姿、体の筋肉の動き、身のこなし、それらを著者は丁寧な言葉で表現しています。
お互いエロティックに感じ恋心を掻き立てていく様子を、ゆっくりと時間をかけ言葉を尽くして著しているので、読者もフランチェスカになりきって感情が揺さぶられます。
「彼はとても静かで行儀が良く、はにかんでいるように見えた」
彼は詩や小説を書く自分自身を「センスは無いようだ」と控えめに語ります。
お互い同じ詩に共感出来る感性を持っている事にフランチェスカはこの上ない歓びを感じます。
「彼は流れ星の尻尾に乗って飛んできたどこかの星の住人」と彼女は夢心地。
月曜日のジーンズとワークシャツ姿から火曜日には香水、イヤリング、ブレスレットで身を飾りドレスアップした女へと変身します。
ロバート・キンケイドが感じる女の魅力は「人生を生きてきた事からくる知性や情熱、繊細な心の動きに感動できる能力」であり、フランチェスカにはそれがありました。
火曜日の夜、二人は結ばれます。
男は「彼女がそうしてほしいやり方で彼女を支配し、肉体的には強かったが、その強さを慎重に扱っていた」
「火のような激しさと暖かさを併せもち、卑しいところは少しもなかった」
木曜日の午後、彼が呟きます。
「私たちはどうすればいいんだろう?」
フランチェスカは言います。
「私には家族に責任がある。あなたと一緒に行けば夫や子供達は、ここに住んでいる限り、死ぬまで近所の人達の笑い者にされる。彼等は苦しむし、私は後悔して自分を責めるでしょう。あなたが愛した女とは別人になってしまうに違いない」
愛する家族と愛するロバート・キンケイド。その「どちらの存在からも離れては生きられない」フランチェスカは泣き、「彼は心の中で自分自身と戦った」
二人は苦しみ自ずからを厳しく戒めます。
そしてこの4日間で「私たちは別々の存在であることをやめて、二人で第三の存在になった」と確認し合います。
その後二人が別れてからは、電話もせず手紙も書きません。
「彼は私に一生を、ひとつの宇宙を与えてくれました。それからは、たとえ一瞬でも彼の事を考えないことはありません。いつもどこかに彼がいるのを感じていました」
「生まれる前から私達は相手に向かって旅をしていた」
ふたりが別れたからこそ手に入れた、永遠の想いです。
この4日間は彼女のこれからの人生を支える大切な経験となりました。
「皮肉なのは、もしもロバート・キンケイドに出会わなかったら、わたしはその後ずっとこの農場にとどまれたかどうかわからないということです」と、娘達に手紙を遺しています。
夫のリチャードはフランチェスカの変化に気づいていました。
彼が死ぬ直前「おまえにも夢があったことはわかっている。わたしがそれを与えられなかったのが残念だ」
フランチェスカは感動します。
彼女の過去のあらゆるつらい諦めが報われた事でしょう。
『マディソン郡の橋』は1992年に出版され世界で5000万部を売り上げ大ヒットしました。1995年には映画化されます。クリント・イーストウッドとメリル・ストリープが演じて小説に違わぬ美しい作品です。
結婚していても、夫以外の男性に恋心を抱き惹かれ合うことはあるでしょう。
結婚後も働き続ければ、尚更そんな機会は多いでしょうか。
私が結婚した三十数年前は、寿退社が当たり前の風潮でしたから、そんなチャンスがなかったのは残念です?!
一線を越えてはいけない、と強い理性が働き、深い関係に堕ちずプラトニックのままでいるなら、恋心が募り身悶えすることになります。
距離と時間が必要だと自分に言い聞かせつつ、彼と会えるかもしれないと街をさまよい歩き、家に居ればかかってくるはずのない彼からの電話を待ちます。
長い時間をつらい恋心と格闘した後、きらめく宝石の様な思い出になります。
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