『ヒーローインタビュー』坂井希久子著 、 笑い無しでは読めないタイガース人情話

このストーリーは2000年に阪神タイガースにドラフト8位指名され、野手として10年間在籍していた仁藤全(にとう あきら)選手の話です。

もちろん架空の人です。

彼は「一軍と二軍を行ったり来たり、見どころのない選手」でした。


パッとしない選手ながら、彼と縁のある人5人にインタビューするスタイルで、仁藤全の人柄を語らせ彼の人物像を浮き彫りにするストーリー作りです。

ところが、その語り部の5人自身の特異な境遇に読者は引き込まれ、むしろ仁藤全より印象深いものになります。


2010年の阪神タイガースのペナントレースが進行します。9月には一時マジックが点灯するなど、シーズン終盤まで中日、巨人と優勝争いをし(これは現実と一致)、仁藤全も代打として華々しく活躍します。


そして、2010年9月30日阪神ー中日最終戦にストーリーは向かい、5人もそれぞれの場所で試合に注目することに。


代打で登場した仁藤全はまさかの場外ホームランを放ち、甲子園は歓喜に湧きクライマックスを迎えます。

にも拘らず、その試合で阪神は負け、優勝を逃がすことに。

仁藤全は好調でもチームの負けが続く運の悪さ。その後のキャンプでのケガ。またドラフトで高評価の大学生が入団。


彼は「あっけなくお払い箱」になってしまいます。ところが本人は飄々としたもの。


仁藤全をスカウトした宮澤秋人との話です。

「阪神に10年も置いてもらえて幸せでした。これからはまた、別の道を行こうと思てます」

「満足したんか?」

「……ここ数年のモヤモヤが、一気に晴れた感じはあります」

「こっちはちぃっとも満足やないわ!」


それでも物語の最後には皆幸せに終わるので、スッキリした気持ちで読み終えます。


最後に、インタビュアーが自身の事を語ります。「ほんまかいな!」とツッコミを入れたくなる場面に出くわすのは、何とも大阪的。


また、何より作者が阪神タイガースの試合とファンを分析しているのも面白く読めます。


「後半で点を返されると一気に崩れてしまうのは、タイガース的傾向。逆転負けに慣れてる」

「形勢不利になったときの諦めぐせがついとる」

「不甲斐ない試合を見せられてもなお、タイガースファンがタイガースファンたる所以てなんでしょうね」

「阪神ファンは、もはや人格の一部や。どんだけ負けても裏切られても、ボヤきながらついてゆく」

「そんなオッチャンたちがゴロゴロおるおかげで、デイリースポーツの一面トップは何があっても阪神や。その信念を俺は尊敬しとる」


阪神ファンのヤジです。

「ピッチャー交代?そんならなんでさっき、代打送らへんかってん!」

「ああ、こういう意味不明な采配がホンマ腹立つ」

「俺やったらお前を絶対7回裏に出したのに。こいつの使いみちが分からんなんて、ホンマたいしたことない監督や」


夫と全く同じ言葉に笑いが止まりません。


当時の阪神タイガースの選手の名前を文字った人々が登場するのも楽しい。

真弓監督→阿弓監督、桧山→絵山、鳥谷→取谷、ブラゼル→ブブゼル、(中日)山本昌→山村昌司など、まだまだあります。


読者が、まんまとかつがれる場面があります。

作者はほくそ笑んでいるでしょう。


スカウトマンの宮澤秋人は、かつてドラフト会議の後の入団交渉と奥さんの葬儀が重なった時がありました。娘と息子に準備を任せっ放なしにしてしまいます。それ以来、子供とは気まずい仲に。

孫に会いに娘宅を訪ねても「なんの用?」とつれない。挙げ句、彼女は吐き捨てます。

父親がスカウトした「山口弘也」というピッチャーの名前をあげて

「彼がリストラされてから実家におったらしいけど、ある日自分の部屋から飛び降りたんやて」

「アンタのやってること、夢見る少年を騙してサーカスに売ってるようなもんやで。分かってる?」

彼は背中を見せたまま唇を噛んだ。……


そして最終ページ辺りで、まるでお笑い劇場の様な場面が待ち受けています。


百田尚樹著『永遠の0』が同じくインタビュースタイルで、最後までしっかり主人公を浮かび上がらせる小説でした。

終盤、涙なしでは読めない感動作品。


坂井希久子著『ヒーローインタビュー』もインタビュースタイルで、途中からインタビューされている5人も主人公になり、最後にはインタビュアーまでスポットライトを浴びて、笑い無しでは読めないドタバタ人情話。

地域色満載。


負けてばかりのタイガースのファンを慰めてくれる作品です。

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