児童書『シカゴよりこわい町』 ワイルドおばあちゃん 法を犯しても正義の味方
リチャード・ペック著『シカゴよりこわい町』アメリカの児童書で、父方の祖母と孫の話です。「1998年に発表されると1999年にはニューベリー賞の次席に選出。全米図書賞児童書部門の最終候補にまで残る」と解説にあります。
また「ぜひとも家族で楽しみたい一冊」と評されます。
1929年、アル・カポネが暗躍していた「古き悪しき時代」のシカゴ。(映画『アンタッチャブル』に反映されています)ここで育った当時9歳のジョーイ(わたし)と7歳の妹メアリ・アリスは、夏休みに二人だけで田舎町の祖母の家に送り出されます。
それからは毎年夏休みの一週間、列車に乗っておばあちゃんちに泊まりに行くのが恒例行事になります。
最初の夏、この町でショットガン・チータムというぶっそうなニックネームの住人が死去し地方紙に死亡公告が掲載されます。
ショットガンの名前の由来に興味を引かれた新聞社が記者をこの町に送り込み、興味本位のゴシップネタを探します。
町の人の口さがない嘘八百の噂話は度を越します。これに、おばあちゃんは「けしからん!」と一発大芝居をうちます。
ただの「貧乏暮しのろくでなし」でしかなかったショットガン・チータムを「偉人に仕立てて立派な葬式を出して」やり、町の人や記者の鼻をあかします。
この物語が始まる1929年のアメリカは深刻な不況に陥ります。景気後退は1933年まで続き、失業率は一時25%にのぼり1930年代の経済は沈滞します。(大恐慌)
1931年の夏休みの物語にもこの社会背景が反映されます。
おばあちゃんの町に放浪者が仕事や食べ物を求めてやって来ます。その姿は「不気味で悲しい光景だった」「苦しい時代だということが見てとれた」
しかし彼らがこの町に立ち止まらない様、保安官が銃を持って先へ急がせます。
その容赦のない放浪者への仕打ちを見て、おばあちゃんの人情と正義感に火がつきます。とは言え、彼らの為に使えるお金はありません。
ここからおばあちゃんの本領発揮!
保安官のボートを無断で拝借し、夏休みに遊びに来ていた孫のメアリ▪アリスと一緒に川でナマズ釣りをします。(この川での釣りは違反でした)
ところが川を下って行く途中、岸辺の建物で保安官と商工会議所会長や実業家の何人かが真っ裸で飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。お互い気が付きますが、おばあちゃんは堂々と目の前を渡るのです。
晩にはナマズとじゃがいもをフライにし、自家製ビール(禁酒法がありました)を放浪者に振る舞います。
そこへ保安官が現れ、いまいましそうに放浪者を追い立て始めます。
「飢えてる者に食事を出すことが違法なのかい」とおばあちゃんは言い放ちます。
「孫のメアリ・アリスは、あのはだか踊りで心に一生傷を残すだろうよ」とメアリ・アリスを肘でつついて、うなだれる様に芝居をさせます。
おばあちゃんのあらゆる法律違反を不問に付し、保安官は退散するしかありませんでした。
おばあちゃんの小さなボランティアからは、風刺が見えてきます。
町の名士や実力者は町に流れ込む浮浪者に出来ることがあるはず。
どんちゃん騒ぎに使えるお金があるなら。
1934年の夏休み、兄妹が田舎町の駅に着くと、おばあちゃんが列車に乗り込む近所のエフィ・ウィルコックス夫人を見送りに来ていました。
夫人は家のローンを払えなくなり「抵当に入っていた家を銀行にとられたのさ。もう戻ってこないんだよ」とおばあちゃんは言います。
その銀行へ『夫人に代わってお仕置きよ!』と心に秘め、仇討ちを企てます。そのために特大のほらふきおばあちゃんになります。
教会の慈善バザーに出品するため、屋根裏に置いてあった古いシルクハットと色あせた古いキルトを持ち出します。それにちょっと手を加えます。
シルクハットには『A・リンカーン』と記し、キルトには色褪せた糸で『M・T・L』(リンカーン夫人のイニシャル)と縫い取るのです。
バザーに出品すると案の定、銀行家の夫人や商工会議所会長の夫人がそれを見て、リンカーン大統領夫妻の品と勘違い。高値で売れてしまいます。おばあちゃんにすれば“しめしめ”でしょう。
今でいうブランド物のコピー商品を高値で売りつける事に似ていそうな…。
それでも関心がなさそうに、それでいて益々嘘を上塗りして、周りのご婦人達にフェィクニュースを流すのです。
「銀行のせいで追い出された人が捨てたものだよ」「彼女があの家に引っ越してきた時見つけたがらくたさ」
翌日には次のような噂になることは、おばあちゃんには容易に想像できましたし、思い通りの展開でした。
“追い出された夫人の家がリンカーン大統領と縁があるなら州が土地を接収するかもしれない”
詐欺師顔負けの事をやってのけますが、すぐに嘘だとばれることも分かっていました。
そして次に打つ手も持っていて、着々と事が進んでいきます。
細工は
自信満々のおばあちゃんです。
孫と変わらない年頃で学校を退学させられたおばあちゃんですが「裏表があって、はったりをかける、ばい菌みたいな」銀行家と互角に渡り合う場面は胸のすく思いです。
結果、あの家は元通り夫人に返されます。
孫が帰る日「祖母はいっしょに駅まで来た。が、見送りではなく、自分の家に戻ってくるエフィ・ウィルコックスさんの出迎えだった」
ジョーイ15歳、メアリ・アリス13歳の1935年夏休みまで続き、毎年、型破りなおばあちゃんのエピソードが語られます。
「銃はぶっぱなす、大ボラはふく、法は無視する、牛乳瓶にネズミをいれる」
度胸がすわっていて、ものに動じない。豪放磊落、豪胆…まるで男性像です。
ここに至るまで苦労の多い人生だったでしょう。
海千山千相手に大立ち回りを演じ痛快です。かと思えばコンテストで優勝するほどのスグリパイを作る繊細な味覚と腕前を持ち合わせます。
その後7年経ち1942年、第二次世界対戦が続く中、22歳のジョーイは陸軍航空隊に入隊します。
「わたしは軍隊輸送列車が夜の間に祖母の町を通ることに気づき、祖母に電報を打った。停車はしないものの列車が町を通過することを知らせたかった」
夜明け前の闇夜、列車が祖母の家に近づいて行くと、「家には明かりがこうこうと灯され祖母は手を振っていた」
「どの車両にいるかはわかるはずもなかった。が、どの車両にも大きく手を振っていた。わたしも手を振りかえした。祖母の家がはるか彼方になっても、わたしは手を振り続けていた」
物語の最初のページで、当時の祖母よりもかなり年をとった現在のジョーイが語ります。
「時がたつほどに、あの暑い夏の日々を、町はずれのあの家のことを、そして、祖母自身のことを、ますます思い出すような気がする」
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