第11話 悍ましき死

 はっと目が覚めて、彼女は顔を横に振る。短く、小刻みに。

 夢を見ていた。

 もう、夢なんて見ることはないと思っていたのに。

 昏い、肌の上を夜気が撫でるような冷たい夢。熱く汗ばみ、背中に衣服がはりつく不快感。

 そんなものも、もうとうに消え果てたと思っていた。

「フォスカ……」

 呟いたその名は、記憶の中で血と脳漿に塗れている。

 そして、忌まわしい、あの男。

 彼女は震えた。恐怖でも畏怖からでもなく、憤怒で。

 

 紳士にして殺人鬼。

 魅力的な笑顔と、猟奇的な所業。

 誰よりも、なによりも憎い。許せない。

 朗々と、けれど耳の奥に詰まるような声が聴こえた。

 ──小さな頭蓋に満たした彼女の鮮血が、

 やめて。

 ──愛らしい臀部のなんと柔らかく、とろりと溶けそうなほど甘美なことか。こんがりとよく焼けた、

「やめなさいっ!!」

 彼女はぎりり、と歯を食いしばる。その奥から、どれほど残酷な方法で打ちのめしても なお足りないほどの憎悪が染み出す。

 口唇を噛みしめすぎたせいで、そこは不快に痺れた。

「……ペッシ……!」

 解っている。

 もう、はるかに長い時間が過ぎた。

 妹も、両親も、取り戻せないほど、遠くに流れてしまった。

 彼らの痛みは過ぎ去った。

 しかし、彼女の痛みは続いている。

「アルベルト・ペッシ!」

 地獄の業火に何度ぶちこんでも、気が済まない。

 ──いいや、きみも もう、よく解っているんじゃないのかね?

 悍ましい声が沸きあがる。

 ──どれほど長く、何度も、何度も、紅蓮の猛火にくるまれても、私にとっては無害な熾火。

 不気味な響きの忍び笑い。

 ──そうして私は甦る。何度でも、何度でも。

 邪悪な哄笑へと高まる振動。

 彼女はつるぎが欲しい、と思った。

 八つ裂きにしてくれるのに。

 槍が欲しい、と思った。

 串刺しにしてくれるのに。

 そして、青銅のひつが欲しい、と思った。

 なかに閉じこめて火で炙って、蒸し焼きにしてくれるのに。

 ──どくり、どくり。

 うひゃひゃひゃひゃ、と老紳士が哂う。

 ──美味かったよ。

 彼女は凶暴な目を闇にこらした。

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