第10話 見えない死
途中で彼女の大好きなケーキ屋のプリンを三つ買い、白とピンクのガーベラの寄せ植えを抱えて、絵梨奈は鼻歌でも歌いだしそうなほど浮かれていた。
大学時代の友人、実花子が結婚したのは、つい3箇月前のことだ。そして、昨夜、めでたく妊娠したとの連絡があった。
そこで、絵梨奈は双子の妹である
実花子の住む家は、絵梨奈の家からは徒歩で15分ほど。これからはご近所さんね、などと笑いあった結婚式の日が思いだされる。
明朗快活な実花子は潔癖なくらいの几帳面さで、旦那さんは、さぞや大変だろう。靴下など脱ぎ散らかそうものなら、鉄拳制裁でもされかねない。けれど、花好きで清潔好きな実花子なら、きっと良い妻、良い母親になる。
大学時代、毎日自分でお弁当を作ってきていた実花子。その内容も、ハンバーグやから揚げ、アスパラの豚バラ巻、筑前煮など、ひととおりの和洋食が揃っていて、彩りも綺麗なものだった。
「わが妹に爪の垢を煎じて飲ませたいわね」
口の中で呟く。
角を曲がれば、すぐに実花子の新居だ。
しかし、そこで絵梨奈は愕然とした。
「実花子⁉」
慌てて駆けだす。
新築の家の前には、救急車が停まっていた。
「実花子!」
ちょうど救急隊員が、実花子をストレッチャーに乗せて救急車に乗せるところだった。
「待って……! 何があったんですか⁉」
「ご家族ですか?」
早口の救急隊員の言葉に、即座に絵梨奈は答える。
「友人です。約束していて」
か細い声が、絞りだすように届いた。
「絵梨奈……」
「実花子!」
「一刻を争います。とりあえず、一緒に来られますか」
「はい!」
絵梨奈は花とプリンを抱えたまま、救急車に飛び乗った。
「出します!」
慌ただしく病院とやりとりをしたり、実花子の様子を見て器具を調整したりする救急隊員の鬼気迫る雰囲気に、絵梨奈は何も訊けなかった。とにかく、実花子とお腹の赤ちゃんにとって危険な状態であることだけは判り、絵梨奈は荷物を放り出して友の手を握った。
「大丈夫だよ、実花子!」
委細構わず、励ますしかない。
「うん……うん……」
実花子も、それしか言えないようだった。
焦燥の数分が過ぎ、やがて救急車は近くの総合病院に到着した。
救命スタッフたちが駆け出してきている。
「先生……!」
「ご家族ですか」
「いいえ、友人です」
「では、こちらにどうぞ」
有無を言わさず、廊下に追いやられる。
戻ってきた救命士の一人が、絵梨奈の持っていたガーベラとプリンをさしだした。
「あなたのですよね」
「ええ……ありがとうございます。あの、実花子は、友人は、どうして」
「ご本人から通報がありました。階段を踏み外して転げ落ちてしまったそうです」
「そんな……そうですか」
「詳しくは、ご家族に医師から説明がありますから」
「はい」
ぼんやりしてしまい、それ以上は何も言えなかった。
そうだ、と閃く。
実花子の様子だと、救急車を呼ぶだけで精いっぱいだったように思える。絵梨奈は携帯電話を取りだし、一度院外へ出た。
やがて実花子の両親が絵梨奈の連絡で駆けつけてきた。それとほぼ同時に、彼らからの連絡で、実花子の夫も到着した。
「絵梨ちゃん……! ごめんなさいね」
「
全員がそれぞれに動転しているところ、看護師の一人が近づいてきた。
「
「はい……!」
「実花子さんの状況について、ご説明しますので、こちらへ」
「は、はい」
3人が連れられていく。
絵梨奈は不安を抱えたまま待った。やがて、遠い壁の向こうから、押し殺すような嗚咽が聞こえてきて、暗澹たる気持ちになる。
両目を閉じた。
「そんな……実花子……!」
絶叫が聞こえ、絵梨奈は両手で顔を覆った。
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