第8話 めっかった!

 携帯で椎名兄さんに連絡すると、嬉々とした声で「じゃあ、今日は迎えに行くから♡」と言われて脱力した。

 が、とにかく これで すこしは眠れる。

 読みかけの本を取りだした煕人に謝意を伝えると、彼は笑って言った。

「限界なんだろ。無理するな。とりあえず、1時間な」

 神さまに見えた。

 そうして机に身を伏せると、あっという間に睡眠に引き込まれたのである。

 ……。

「有巣。おい、有巣」

 耳元で囁く声がする。

 煕人か。ごめん、あと15分だけ待ってくれ。

「有巣くん」

 え、泉?

「おい、有巣、起きろって」

 巧?

「有巣」

「んあ?」

 薄目を開けた向こうに、のぞきこむ三人の顔がある。夢か?

 再び三人が言った。

「有巣」×2

「有巣くん」

「うわっ」

 驚いて飛び起きた。

「大丈夫?」

 転がった僕に、泉が手を差し伸べる。

「あ、いや、うん。大丈夫だ」

 しかし、迂闊に泉の手をつかんで怪我をさせたくはない。

 僕は自分で立ち上がり、身体を払った。

「なんだ、みんなして」

 すると、三人は顔を見合わせる。

「有巣。なにか、おれたちに隠してるだろ」

 口火を切ったのは巧だった。

「へ……えッ?」

 思わず変な声が出る。

「なんだよ、それ?」

 泉が上目づかいで見つめてくる。うう、僕には岩清水さんがいるんだ。妙に可愛い仕草は、やめてくれぇ。

「だって、ヘンだもの。いくら椎名さんの言いつけだからって、毎日、終業後に一人でさっさと帰っちゃうし、そのくせ毎朝 疲れて眠たそうだし、休みの日に集まるのも来なくなっちゃったし」

 巧が腕を組んで偉そうに、

「部活動にしたって、球技大好きな おまえが、あっさり椎名さんの部活動禁止に従うなんて、おかしい」

 煕人までもが、

「家で眠れないのに、ここでは眠れるってのも、妙だよな」

 三人で詰め寄ってくる。

「いや、それは、さ」

「白状しろ」

「いっておくけど、椎名さんのせいにするなよ。もし、そうなら、おまえが隠す理由にはならないだろう。とっくに、ぼくたちに愚痴っているはずだ」

「うう」

 煕人は鋭い。

「さあ。吐きなさい。いつまでも一人で抱えこんでちゃダメよ!」

 泉が人差指を突き出す。

 おまえら……なんて僕のこと好きなんだ。

 信じてもらえないかも、という気持ちは消えなかったが、これ以上隠しておくのが しんどくなった。どうしよう。全部、打ち明けるべきか。それとも、この妙な怪力だけは証明できるわけだから、それだけでも告白すべきか。

 そのとき、背後から声がした。

「そうですわね。怠惰からか怯懦きょうだからか存じませんが、こんなふうに職務放棄されるくらいなら、きちんと学友の皆さまに説明して、ご理解とご協力をいただいたほうが宜しいわ」

 ア、アリーチェ~~~~~⁉

 僕は硬直した。

 そして、多大な精神力を要したが、振り向いた。

 一番後ろの窓際の席で、机の上に足を組んだアリーチェが座っている。長く白い、すらりとした足が、誇らしげに伸びている。それは、窓の外の暮れなずんだ色によく映えた。その細い顎に、思案するように右手を添えている。

 ぎこちなく三人の幼馴染みに向き直ると、三人とも目を見開いて、突如姿を見せた美少女を吸い寄せられるように眺めていた。制服こそ着ていないが、左手を曲げて腰に甲をあてた今の彼女は、僕と同じ年頃の姿でいる。

 金髪を高く結い上げ、面白い見世物を見るような笑顔で、浅葱色の瞳を僕らに向けて。

「誰?」

 泉が我に返って、誰何した。

 当然だろう。

 教室の扉はどれも閉まっており、開閉音など全くしなかった。日中の喧噪のなかならそれが聞こえなくても普通だが、いまは放課後の静かな時間帯だ。誰かが扉を開けたなら、必ず気づく。

 しかも、

「おい、鍵、閉めたよな」

「うん。有巣くんが逃げないように」

 巧と泉が確認しあう。

 足早に煕人が動いて、扉の確認をした。

「どっちも鍵が閉まってる」

 え、えええ~っ。

 そんな登場の仕方しますか、アリーチェさん。

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