第7話 食堂にて

 昼食時。

 食堂に行った僕は、泉に呼び止められた。

「有巣くん」

「おう、泉。なんだ、珍しいな、今日は弁当じゃないんだ」

「お母さん、お寝坊しちゃって。あ、いいなあ。B定食だ。有巣くん、運いいじゃない。火曜と木曜のB定食っていったら、人気ダントツだもんね」

「そうなの? 俺、毎回B定だ。交換するか?」

 すると、泉は残念そうに言った。

「ありがとう。でも、サラダうどんにしちゃった。有巣くん、苦手でしょ」

 そう。生野菜は、あまり好きじゃない。

わりい。じゃあ、今度なー」

 カウンターで、それぞれの食事を受け取ると、僕たちは空いていた席を探して座った。

「そういえば、巧くんは?」

「ん? そろそろ来るんじゃないか?」

「そっか」

 僕はポテトサラダを、泉はレタスをつつきだす。

「あの、さ。有巣くん」

「ん?」

「えっと……」

 迷っている。

 こいつもか!

「なに?」

 なんだよ。早く言ってくれよ。気になるだろ。

「有巣。泉」

 割って入ってきた声に、泉が はっと顔を上げる。

「煕人くん」

 天ぷらうどんと いなりずしのセットを手に やってきた煕人が、僕の隣に腰かける。割り箸を割って、

「どうだ? 調子は」

「まあ、ぼちぼち」

「無理するなよ」

「ああ」

 なんだ、この親子か兄弟のような会話は。

「で、泉。なんだっけ?」

「あ。えっと」

「ワリい、遅れたー」

 再び割って入った声。

 巧だった。カレーうどんと白米をトレイに乗せて、泉の隣にドン、と座る。

 泉は、あからさまに厭な顔をした。

「やだ、飛ばさないでよ? 巧くん。カレーって、落ちないんだから」

「約束はできないが、努力する。あ、B定だ。いいなー」

「換えないぞ」

「えー……って、仕方ねーべ。でも、よかった、有巣。食欲はあるみたいで」

「ほんとね」

 睡眠欲求も、あるんですけど。満たされていないが。

「なんか、眠れないって言ってたけど。心配事か?」

 ああ、数学と古典古文がめちゃくちゃ心配だわ。

 そう言うと、全員が納得したらしい。三人とも、和やかに微笑んだ。ごめん、みんな。やっぱり本当のことは言えない。それに、数学と古典古文がヤバいのは事実だ。

「煕人くん、ノートのコピーをあげるだけじゃなくて、個人授業をしてあげたら?」

 そ、それはありがたくも恐ろしい……。

「ぼくは構わないけど。有巣、やるかい?」

 一瞬、躊躇った。しかし、アリーチェのことを考えてみた。

 学校での時間は、彼女は乱入してこない。ということは。学校にいるかぎり、アリーチェの手伝いをしなくてもよいわけで。その時間に煕人さえ了解してくれれば、眠れる……。

 僕は追いつめられていた。

 そして、判断能力が鈍っていた。

「じゃあ、頼むよ」

「いいよ。いつから?」

「今日」

「やる気だね」

 いや、寝る気満々なんで。ごめん、煕人。


   ✠ ✠ ✠


 そして、放課後。

 よほど酷い顔をしていたのか、まずは30分ほど寝かせてくれ、というと、煕人は苦笑交じりに頷いた。

「じゃあ、ぼく、図書館に──」

 それは拙い。そばに誰もいないと、アリーチェは出てくるだろう。

「待って! 傍にいてくれ! 見張っててくれ!」

「見張るって、なにを?」

 ええと。

 必死に頭を回転させる。

「僕が逃げ出さないか」

 煕人の表情が、なんともいえないものとなった。

「帰って寝たほうがいいんじゃないか」

 それは絶対に拙い。

「い、家じゃ眠れないんだ」

 お願い、そばにいて! ひとりにしないで! でないとアイツが来るっ。

 尋常でない様子の僕を見て、煕人は眉を下げた。

「わかったよ。30分でいいのか?」

「で、できたら1時間」

 仕方ないな、と煕人は笑った。

 あんた神さまや~。

 僕はすっかり甘えて、机に突っ伏した。

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