第6話 躊躇する友
「おい」
耳元で囁く声がする。
「おい、有巣」
「んあ?」
薄目を開けた向こうに、見慣れた浅黒い顔がある。
「起きろって」
「わかった、わかった」
目をこすり、腕時計を見る。席について眠り始めてから10分も経っていない。始業までは残り5分。くっ、貴重な時間を、こいつ……。
長い欠伸に抗議を込める。しかし、明朗快活、無心無邪気のこいつには通用しない。
「目が覚めたか」
「ああ、おはよう。巧」
健康的に灼けた顔に、なにやら深刻な表情が浮かんでいる。
「どうした?」
「あのさ」
迷っている。
こいつが?
「なんだよ」
「……いや、大丈夫か? 身体」
なんだ。そんなことか。
「まあ、寝不足でな」
「眠れないのか?」
眠らせてくれないんだよ、アリーチェさまが。
「……死にかけたときのこと、夢に見るとか?」
「はあ……?」
「違うのか」
あの鉄柵グキリみたいなやつは夢に見て魘されることもあるけどな。
折り曲げちまうのが病院のベッドの柵じゃなくて、人間の首だったりするから、悪夢だな。
「巧。おまえさぁ」
死神って信じるか?
そう訊きたかったが、もうちょっと広い範囲にした。だって、死神って、生々しすぎる。
「幽霊とか、魂とかって信じるか?」
幼稚園児のころからの友人は、きょとん、とした。
「なんだよ。憑りつかれてるってか?」
憑りついてるな、すげー
「いや、そういうことじゃなくて……」
「信じない」
妙に真面目な表情をして、巧は答えた。
「死んだら終わり。何もない。幽霊なんてのは、生きてる人間の脳内で起きてることだ。昔、煕人も言ってただろ」
いかにも煕人が言いそうなことだ。
「そっか」
やはりアリーチェのことは、話しても信じてもらえなさそうだ。幽霊となる魂を防ぐために、死者たちの守り人をしているなんてことは。
「そうだよな……幽霊なんて、いないよな」
「どうしたんだ、有巣?
そこで、どうして兄が出てくる。
「あのひと、事故の後、壊れそうなほど泣いてたぜ。おまえの母さんのほうが、よほど毅然としてた」
うう。恥ずかしい兄だ。
実のところ、事故直後の家族ときたら、大変な騒ぎだった。
兄は有巣の毎日の送迎をすると宣言し、兄嫁であり従姉でもある
「まあ、兄さんだからな」
「ああ。椎名さんだからな」
軽く答えたのだが、巧は重々しく頷いた。やめてくれ。
「それで、さ。有巣……」
「うん?」
そのとき始業のベルが鳴り、教師が教室に入ってきた。
「ほら、そこ。席につけー」
「あ、はい」
残念そうに去っていく。
なんだ? なにを話そうとしたんだろう。
しかし、それ以降、巧は、あたりさわりのないことしか口にせず、一日は終わってしまった。
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