第2話 兆し

 その日の午後、僕は城の西棟にある執務室で机に向かって書類の処理にあたっい

た。ふと書類から視線を上げれば季節は真冬だというのに汗ばむくらいの日差しが窓から差し込んできている。

「カーテンをお閉めいたしましょうか。」

目を細めているとそれに気が付いた小姓が問う。

「いや。そのままでいい。」

再び書類に視線を落としたところで轟音が響き地が鳴動した。たたらを踏んだ小姓の不安げな瞳と視線が合う。

―――東の塔で結界が破られた。

同時に感知した僕は東の塔に転移をする。


「なんだ。これは。」

辺りには土ぼこりがたちこめ塔が城の東棟に倒れかかり半壊していた。

騎士をはじめとした衛士や兵士達が土埃に塗れてある者は蹲りある者は茫然として立ち尽くしている。

「ハイベルド。」

呼ばれて振り返れば後から転移してきた魔道騎士団団長の第3皇子が場にそぐわない微笑を浮かべていた。

「魔族の襲撃でもあったかのようだねぇ。」

呑気に言う第3皇子は分かっているのだろう。まるで緊迫感が感じられない。

「違うな。結界は内側から破られた。」

「流石、宮廷魔道騎士隊長殿だね。では破った犯人の目星はついているのかい。」

「それは。」

言いかけたところで獣じみた唸り声がしてそちらを見れば勇者が年端もいかぬ小柄な少女を羽交い絞めにしていた。

「なにをしている。」

眉を顰め近寄ってよくよく見れば少女は貴族の身なりをしているがかつては綺麗に結い上げられていたであろう漆黒の髪を振り乱し夜色の瞳を怒りで曇らせていた。泥に塗れているが雪のように白い肌をしている。網羅している貴族を探ってみたがこのような娘がいる貴族は思い当らない。

「ガルルッ。」

「聖女様、落ち着いてくださいっ。」

「聖女様っ。」

ああ、そうか。勇者と騎士達の遣り取りが聞こえてきてそういえば聖女が召喚されたことを思い出していると勇者を手伝おうとして近づいた騎士に僕は思わず危な

い。と声を上げたが間に合わなかった。

聖女は背後の勇者を支えにして下半身ごと両足を器用に振り上げると取り押さえようと屈んだ騎士めがけて躊躇なく踵を落とした。まともに喰らった騎士が地に沈んでいく。そして呆然とする勇者の隙をついた聖女は屈むようにして力が緩んだ勇者の腕からするりと抜け出すとその場に蹲る。あわてて捕まえようと勇者が屈んだ瞬間、聖女が勢いよく立ち上がり勇者の顔面に頭突きを見舞う。

驚愕の表情を浮かべたまま木偶のように倒れていく勇者。聖女の流れるような動きに感嘆すら覚える。

「おいおい勘弁してくれ。今回は屍王に滅ぼされる前に聖女によって滅亡するのか。」

 城から続く森林地帯へと走り去る聖女の小さな背中を見送りつつため息交じりにつぶやく僕に護衛騎士達が聖女を追いかけながら振り返る。

「ハイベルド隊長、見ていないで聖女様を保護して下さいっ。」

「子守は苦手でな。」

僕は護衛騎士達の渋々といった様子で聖女の後を追っていく背中を嘲笑ってただ見送った。




 これが後に僕の最愛の妻で支配者となる女神リカ様と最初の出会いである。

今思えばこの時のリカ様の渾身の蹴りを受けた騎士と頭突きを喰らった勇者に胸が焦げ付くような嫉妬を覚える。もし時を巻き戻せる魔道があるのなら僕はこの時のリカ様の攻撃すべてを独り占めしただろう。

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銀の月に抱かれて見る夢は あき @aki007

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