第4話 刑死者
「よお、兄弟。気分はどうだい?」
フードを深く被っているせいで顔の見えない死神くんは、剽軽にそうぼくに訊ねた。顔の表情を確認できないが、きっとシニカルな笑みを浮かべているのだろうとぼくは勝手に想像した。
「手を縛られてるせいで、酷く腕が痛い。何とかしてくれ」
兄弟呼ばわりしてくるのは、この際スルーして救助を要請する。
了解、と言って彼は絶賛昏倒中の女兵士からナイフを奪い取ると、すぐさまぼくを腕の縛りから救い出してくれる。
ふう、やっと解放された。
腕が痺れてしょうがない。
我慢するしかないけれど。
そこで、ようやく周囲を見渡す余裕ができる。
そこは、よく、戦争映画で見るような軍用車のような内装をしていた。
ほら、哀れな新兵を戦場という名の地獄に叩き落す定番のあれだ。六畳分のスペースに椅子が向かい合わさるように設置されている。人間ひとりを連れ去るには広すぎるように思える。
窓が一切ついていないので、外の様子を覗うことができなかった。
ごくごく普通の軍用車に見える。
ある一点を除いては。
車内の奥の方に一際、目を引くものがあった。
人ひとり余裕で入れそうなカプセルがそこに鎮座していた。
それは、真っ黒にペイントされていて、ぼくにある連想を促すのだった。
あれは、まるで棺桶みたいだな、と。
もしかしたら、ぼくは、あれに入れられていたのだろうか?
いや、それはないだろう、とその考えを否定する。
もし、そうならぼくは、とっくにあれに入れられているだろうから。
そんな益体もない不気味な棺桶についての思考を頭から引き剥がし、目の前の死神くんに思考を移す。
こいつは一体何者なのだろうか?
訊きたいことは山ほどある。
まず、どうやってこの移動している車内に入り込んだのか? とか。
それは、まあいいとして、一番訊きたいのは、こいつの素性である。
まあ、大迫さんや香月と同じ目に遭った被害者だという推測はできるので、別にそこまで深く追及するつもりはないけど。
ああ、そういえば、まだ別に訊きたいことがあったのだった。
その疑問を眼前の死神くんに訊いてみることにする。
「なあ、さっきそこの女が妙なことを言ってなかったか? 確か、CU能力、マニュアル、パニッシュ、とか。あれってどういう意味なんだ?」
そうだ。死神くんに止めを刺したと確信したであろう、あの女は冥土の土産だとばかりにそう言ったのだった。
現に彼の腹には風穴が空いていたのだから。
ていうか、こいつさっきの怪我は大丈夫なのだろうか? そう思い、腹部に視線を移すが、まるで何事もなかったかの様に傷が塞がっていたから、きっと平気なのだろう。
死神くんは、やれやれといった感じで、
「あれは、環境追従迷彩ていうどこぞのSF映画にでてくるような超絶最新技術で姿をくらましていただけ。実際、それだけなら気配で察知して避けたうえでの反撃ができたんだが、そのあと、あいつは自分の気配そのもの消失させてたから、流石のおれでも避けられなかったちゅう話だ。あと、あいつが言ってたのは、わかりやすく言えば、MPLS、スタンド、SPECだよ」
訊いてもいないことを解説した後にようやくぼくの疑問に答えた。
まあ、いまので一つはっきりしたことがある。
絶対、日本人だろ。こいつ。
まあ、いいや。
それより、今のこの状況が理解できない。
少し整理してみよう。
まず、さっきの流れから考えるに大迫さんたちは、現在生き残った人類連中と敵対しているものとみて間違いないのだろうが、どうしてそうなったのだろう?
まあ、人類の歴史なんて戦争を抜きには語れない程に互いに争ってきた生物であるわけだから、大方、旧人類VS新人類の戦争なんていうどっか創作物の定番のような事態に陥っているのだろうが。
だとすると、大迫さんと香月はどうして敵であるはずのぼくを保護するようなことをしたのだろうか?
まさか、この戦争にまでジュネーブ条約が適用されるなんてことはないと思うのだが………。
―――世界の加護。
そういえば、大迫さんと香月がよくその言葉を口にしていたのを思い出した。それが、この疑問を解消するキーワードなのだろうか?
考えれば考えるだけ訳が分からなくなってくる。
「―――、うんん、」
呻くような声が聞こえたので、そちらに意識を向けると女兵士が昏倒から復活しているところだった。
それを横目で見ながら死神君は、
「起きたか。言い残したいことがあるなら聞いといてやるよ」
女兵士に向かってそうぶっきら棒に言った。
「別に言い残したいことはないけれど、そっちのぼうやに言っておきたいことがあるわね」
女兵士は心底疲れた様子で、それでも、余裕を残した様子でそう言った。
死神くんは肩を竦めるような仕草でそれに応える。
「ねえ、さっきも言ったけれど、あなたはとってもいい目をしているわ。これ以上ない優秀な兵士になれると思う。だから、きっと数多くの人をあなたは殺すわ。だから―――」
なんの感情も宿さない死んだ目をぼくに向けて彼女は冷淡に言い放った。
「ここで、死になさい」
「おめえがな」
死神くんは、底冷えするような声音でそう言うと指をパチンとならした。
それだけで、彼女は糸が切れた様にばたんと倒れ、二度と起き上がることはなかった。
―――その瞬間に奥で今まで沈黙を守ってきた棺桶がゆっくりと開いた。
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