第5話 魔術師

 ゆっくりと棺桶は開け放たれる。

 それと同じぐらいゆっくりとした動作で人影が棺桶から出てきた。

 死者の帰還だ、とぼくは思った。

 禁断の儀式を経てこの世に帰ってきたのだ。

 もちろん、かの地に死と混沌を齎さんがために―――

 とまあ、冗談は兎も角、果たして棺桶から出てきたのは、白人の―――恐らくローティーンだと思う。何故なら、まだ顔立ちがあどけないからだ―――少女だった。

 背中にかかるぐらいの長さの金髪を纏める訳でもなくそのままにしていて、吸い込まれるような青い瞳が特徴的だ。ピンクのキャミソールに白のミニスカートを履いていて、そこから覗く足が艶やかで十代特有の若々しいオーラをこれでもかとばかりに放出していた。

 解放された彼女はまず、その場で大きく伸びをするとようやく辺りを見回した。

 そして、一点の場所で視点は収束し、そこで彼女は口を開いた。

「あーあ、スカーレットさん死んじゃったんだ。だからって私に面倒ごと押し付けなくてもいいじゃん。ねえ、タイプ・タナトスくん」

 それに対し、死神くんは心底うんざりした様子で、

「面倒だって思うんならさっさと帰ってくんねえかな? おれはもう疲れてるんだよ」

 吐き捨てるように言った。

「残念だけど、そう言う訳にもいかないんだよ。何しろ、お仕事だしね。労働は大事だよ。だって国民の義務だもの」

 へらへらとそんなことを言う彼女に対し、死神くんはあっそ、とだけ返した。

 そして、獲物である鎌を構えて少女と対峙したが―――

「ちょっとタンマ」

 少女の声が制止を呼びかける。

「なんだよ」

 本当にうんざりした様子で言う死神くん。

 まあまあ、と言った感じでニマニマしながら彼女は言った。

「ここじゃあ、狭すぎるでしょ。場所、変えよう。おいで、ニクソン」

 彼女が呼びかけるのと同時にそれは出現した。

 まるで、大柄な透明人間がシルクハットとマントと手袋を装備させたような―――見ようによってはポルターガイスト現象が起きているだけようにも見えるかもしれない―――不気味な存在が彼女に付き従うように佇んでいた。

 なにこれ? スタンド? スタンド使いって実在したのか?

「セミ・オートマか。また厄介な………」

 セミ・オートマねえ、なんかもう何でもありだな。

 ていうか、さっきからぼくマジで空気になってしまっているような気がする。もう、このまま消えられないかな?

「よし、それじゃあ、行ってみようか。ニクソン」

 彼女がそう言うとニクソン氏は自らのマントを巨大化させて辺りを覆い隠すようにした。

 刹那、今までぼくの体を揺さぶっていた慣性の力は消えて、あの懐かしの滅びの街に転移していた。

 丁度、ぼくの前方を軍用トラックが疾走している。

 いままで、あれに乗せられていたのだろうか?

 まあ、いまとなってはどうでもいい話だけれど。

 しかし、辺りがやけに騒がしい。

 後ろを見てみると電気を帯びた巨大な蛇とこれまた同じぐらい大きな火の鳥が交戦中だった。

 それだけではない。

 軍服を着た黒人男性と両手にハンドガン―――ベレッタM9だった。それを獲物に戦う姿は、まるでタイのマフィア連中が牛耳る犯罪都市で運び屋さんを営む超絶短気のお姉さんみたいだった―――を持った香月が躍るような接戦を繰り広げていた。

 大怪獣の2匹は互いに電撃と火の玉を打ち合い牽制しあっている。おかげで、辺りの建造物がえらいことになっている。

 香月のほうに目を向けると若干、香月が押され気味になっている。黒人男性の獲物は昔ながらのAK-47だった。あれは、いい武器だ、と誰かが言っていたのを思い出す。なにより丈夫なのがいい、と。

 ただ、アメリカ兵(恐らくだが)が嘗て冷戦で徹底して対抗した国の武器を使うというのは、なんという皮肉なのだろうか? まあ、良いものは、良い、と言うことだろう。

 香月の銃撃は全く当てっていない―――というか、弾が黒人男性を避けているようにみえる―――のに対し、黒人男性のAKの弾丸は掠る程度ではあるが、確実に香月にダメージを与えていた。

「私たちも殺り合おうか」

 満を持してこちらも開戦する様だった。

 死神くんは無言で鎌を構える。

 その姿に、彼女は凶悪に破顔して、ぼくの方を指さし言った。


「商品はそこにいる綺麗なおねえさんていうことで」


 はあああ!? というぼくと死神くんの絶叫が滅びの街に響き渡った。


★ ★ ★


 いま、この女、なんて言った?

 お姉さん? このぼくのことをお姉さんって言ったのか? こいつ。

 もしそうなら、この女のイカれた思考を正さなければならない。

 そのために、ぼくは頭がおかしいのかもしれない眼前の白人少女に確認を取る。

「ねえ、君さ、いま、ぼくのことをお姉さん、て言ったのか?」

 すると、少女は、

「きゃあ、英語もペラペラだあ! って翻訳ナノマシンをインストールしただけか。スカーレットさんも抜け目ないよね~。ていうか、ぼくっ娘とか超萌えるんだけど」

 ぼくの質問には碌に答えず、訳の分からないことを言いだした。

 翻訳ナノマシン? インストール? いつもなら聞き捨てならない衝撃発言だが、いまはそんなことどうでもいい。

 ぼくっ娘ってなんだよ!? 本当にいい加減にしてほしい。

「なあ、質問には、ちゃんと答えろよ。いま、君は、ぼくのことを、お姉さんって言ったのか?」

 なるべく強い口調でぼくは彼女に問い直した。

 それに彼女は、

「え? なんでそんなに怒ってんの? もしかして年齢的なことで地雷踏んじゃったかな? あたし。

 でも、そんなに怒ってるとせっかくの可愛いお顔が台無しだよ?」

 さらにぼくをおちょくるようなことを言うのだった。

 はあ、言葉は通じるのに意思疎通はできないってなんなんだよ………。

 マジで、嫌になってきた………。

「おい、お嬢ちゃん。こいつは、こんななりだが、列記とした男だ。つうかさ、骨格でわかるだろ? ふつう」

 撃沈したぼくを見かねたのか、死神くんがぼくの言いたいことを代弁してくれた。まあ、「こんななり」とかは余計だけどな。

 その言葉に彼女は俯いたまま黙り込んだ。きっと、ぼくに発したこれまでの暴言ともとられかねない失言の数々に絶賛反省中なのだろう。うん、反省するのは、とてもいいことだが、まず、謝れよ、てめえ。

 今度は、ぷるぷると震えはじめ、真剣な目をこちらに向けた。ようやく、謝る気になったかとすこし見直したが、

「ガチな天然男の娘だ!! ひゃほ~い!!」

 そんなふざけたこと抜かす残念白人少女の株価は前代未聞の大暴落をして見せた。

 そりゃあもう、リーマン・ショックなんて比較にもならないレベルの大暴落だった。

 ていうか、こいつ、反省すらしてなかったってことじゃねーか! ふざけんな!

「こりゃあ、是非ともタイプ・タナトスくんをぶっ殺して、あの、お兄さん? をお持ち帰りぃ! なのです☆」

 残念白人娘は、ぼくを指さし明るく、元気に、朗らかに、そう宣言するのだった。

 ああ、また懐かしいネタを………。

 イライラし過ぎて頭が痛くなってきた。

 もう突っ込むのもめんどくさい。

 だから、彼女の語尾に☆がついているような気がしたのも、なのです☆と力強く宣言した瞬間に後光が射したのもきっと気のせいなのだ。

 そうなのだ。そうに違いない。というかそうであってくれ!

「なあ、お嬢ちゃん。あんた、お仕事をしに来たんだろう? 職務放棄していいのかい?」

 馬鹿な茶番になど付き合っていられないとばかりに話を軌道修正してくれたのは死神くんだった。

 それに彼女は不敵な笑みを浮かべ、

「ふふ、そうだね。それじゃあ、今度こそ始めようか」

 そう応えるといままで彼女の後ろでじっとしていたニクソン氏が庇うように前方に出現した。

「おい、兄弟。邪魔だからどこかに隠れてじっとしてろ」

 死神くんもそれに応えるように臨戦態勢を取りつつ、ぼくにそう呼びかけた。

 隠れる、か。あほらしい。

 どこにいたって人間死ぬときはちゃんと死ぬんだ。そのことをぼくはよく知ってる。恐らく誰よりも、その不条理を理解している。だから、言った。

「いや、いい。ここで、君たちの戦いを見物しとくよ」

「死ぬぞ?」

 死神くんは少しだけこちらを振り向きそんなことを言った。

 忠告のつもりなのだろうか?

 そんなものは、余計なお世話というものだ。

 だから、言った。

「人間どこにいたって死ぬときゃ死ぬし、生き残るときゃあ、しぶとくも生き残るもんだ。それに、場所なんて関係ない。どんな場所だって人は死ぬ。違うかい?」

 死神くんは、はははと笑い、

「確かに、違いねえな」

 と呟いた。

「ねえ、もういいかな? あたし、待ちくたびれちゃった」

 白人少女が急かす様に言った。

「ああ、いいぜ。それじゃあ、始めようか。血湧き肉躍る殺しあいを」

 死神くんはそう応える。

 そうして、死神と魔術師の戦いが幕を開けた。


 

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