偏愛同好会

三文士

偏愛同好会

会議室のような場所に数人の男たちが集っている。


輪になってパイプ椅子に座っていて、年齢や背格好はまちまちだが皆一様に白い作務衣のような服を身にまとっている。その服にはそれぞれ番号札がついていて、男たちはその番号で互いを呼び合っている。


特に全員で何かをしてるという風でもなく、どうやら何かを待っているようだ。


しばらくして、大きな音を立てて部屋のドアが開いて二人組みの男女がはいってきた。男たちが一斉にそちら方へ振り向く。


二人組のうち男の方はこれと言った特徴も無く地味なスーツに身を包んでいる。一方の女と言えば対照的にかなり目立った外見をしている。


高身長に腰の辺りまである黒髪。少々キツい印象ではあるが、世間一般でいうところのいわゆる美人である事は間違いない顔立ちだ。


連れの男と同じ色のスーツを着てはいるが身体のラインがくっきり出るサイズを着ている。どうやらそれはワザとだろうと、誰でも容易に想像がつく。


おもむろに、女の方が口を開く。


「お待たせしました。本日はご協力いただきまして誠にありがとうございます。早速ですが始めていきましょう。では1番の方から、お願いします」


そう言って二人組みは空いていた二つのパイプ椅子に腰掛けた。


反対に、今まで座っていた一人の男がおもむろに立ち上がった。彼の名札には「1」という番号が書かれていた。


「ええ、それではご指名ですので。私から話させていただきます。いやどうもトップバッターというのは緊張いたしますな。まあ辛抱して聞いて下さい」


男はエヘン、と咳払いを一度だけして話し始めた。


「まあ今回こうやって集まって話をするわけなんですがね。そうそう、お互いの趣味の話ですよね。ええ、もう解っておりますよ。皆様そう怖い顔しないで下さいな。何しろトップバッターなんですから。これ位の前置きがあっても良いでしょう?今まで世間に隠してきた趣味なんですから。言いにくいんですよ何せ。まあ有り体に言ってしまえばマニアックな好みというヤツですか?」


男は饒舌で隠しているが、少しだけ緊張しているようだった。


「‥私はね、口臭が好きなんですよ。女性の口臭です。臭いがキツければキツいほど、その臭いを嗅いだ時に私は興奮をおぼえるんです。何でも良いわけではありません。病的な臭いは流石に好みませんよ?臭いのキツい食べ物なんかを食べた後の口を嗅ぐのが堪らない。ニンニク、ニラなんかは勿論。納豆やくさや。スルメイカなんぞも好きです。これら全部が混ざった臭いなんざ悶絶ですよ。一週間くらい歯磨きをしていないのも痺れますなあ。ある種の臭いフェチという人は何人か出逢った事はありますが、流石に口臭が好きだという人間には、まだお目にかかっておりません。私の話はこんなとこです」


そう言って男が座ると、周りからまばらでやる気のない拍手が起こった。


女が口を開く。


「ありがとうございます。では次。2番の方、どうぞ」


そう言うと、今度は幾らか若くて背の高い男が立ち上がった。


「俺は別に自分が変な趣味だなんて思ってねえけど。さっきのオッさんはマジで変態だと思うし。」


そんな物言いで2番の男は1番の男を軽く睨んでみせた。


「俺は‥その‥ちょっとした収集癖がある。女の使わなくなった物というか‥排出した物というか。いや!ちげえぞ!お前ら思ってんのじゃねえからな!俺はアレだ、切った髪の毛とか‥爪とか‥そういうのを集めるのが好きなんだ。まあ女からすると相当にキモいんだろうけどな。それで何度か女にフラれた事もある。警察にパクられた事もあったよ。でもよ。止められねえんだよ。美容室で働いてた時なんか毎日捨てるフリして髪の毛を持って帰ってたっけ。まあそれがバレてクビになったんだけどさ。今はゴミ処理場で働いてるよ。ゴミ袋の中からお宝を見つけると、顔が熱くなって持ち帰りたい衝動が抑えられなくなる」


「あのぅ。つかぬこと伺いますが‥」


一番の男が恐る恐るといった風に挙手をする。


「なんだよオッさん」


二番の男は不機嫌そうに応える。


「髪の毛以外の体毛が特に興奮するとか、そう言った事はやはりあるんですか?そのつまり‥ちぢれている毛とか‥」


それを聞いて二番の男は大きくため息を吐く。


「やっぱりな。趣味のこと話すとよく言われんだよ。残念だけど、別に毛ならどれも変わんねえよ。むしろ髪の毛の方が量が多いからより興奮するわ。むしろ大事なのは手触りとかだから」


「はあ。変わってますな」


「余計なお世話だろ。もういい。俺の話は終わりだ」


そう言って二番の男は椅子に座った。


今度もまばらな拍手のあとに女が口を開こうとした。しかしその前に三番の札がついた肌の青白い男がスっと立ち上がり一礼した。


「もう大体流れは解りました。忙しい人もいるでしょうから勝手に始めます」


いいですね?という顔をする。


女は無言で頷いてみせる。


「私は自分が変わっているだとか異常だとかそういうことは一度も思ったことはありませんが、まあ、皆さんの話を聞いている限りでは私もある意味お仲間なんでしょう」


「一緒にすんなよ」


二番の男が突き放す様に呟く。


「まあある意味、というだけですよ。私は、小さい子が好きなんです」


「おいおい。アンタのお仲間は随分いるんじゃねえの?」


何人かの男がクスクスと笑った。三番目の男はそれが止むまで黙っていた。


「まあ、そう言われるとそうなんですがね。ただ一口に小さいと言っても色々で。小学生でも小さい子というし、幼稚園までがという人もいる。」


「アンタは保育園かい?」


そう言って笑ったのは二番目の男だけだった。


「私の場合、かなり小さい子が好きなんです。小学生や幼稚園児よりもっともっとです。首の座った赤ん坊、けっこうです。新生児、なおけっこうです。だが極めつけは胎児の時が一番良い。ようやく人の形になってきたくらいの子をみていると、心が穏やかになり全てが救われるんです」


「アンタ職業は?」


「医者です」


「あ、そ」


三番目の男は神経質そうに髪を撫でてひと呼吸おいた。


「そう考えてみると私は人が、人間そのものが好きなのかもしれません。生命自体を愛して止まないのです。嗚呼、素晴らしき生命の神秘!!」


「アンタが一番やべえよ」


「私も同感ですな」


その後も男たちは自らの様々な変わった趣味の独白をしていった。


会がお開きになったのは二時間ほどしてからだった。


遅れて部屋に入ってきた二人組の男女が、細長い廊下を歩きながら忙しなく会話をしている。


「いやしかし、本当に変わった連中でしたね。正直途中から辟易してました」


「まったくね。アイツ等みんな自分のことばっかり話したがって、他人の話なんか聞いてやしないわ」


どうやら女の方が上の立場らしく男は敬語をつかう。


「それにしてもアイツ等、正真正銘の変態どもね。呆れ果てたわ」


「実験は失敗のようですね。『特殊な趣味を持つ人間でも一般的に魅力のある異性を目の前にすれば一時的に偏愛を忘れ普遍的な欲情をする』という理論は立証できませんでしたね」


「腹立たしい。こんなイイ女が目の前にいるのに口説いてくる奴が一人もいないどころか、男特有のイヤラシイ視線すらまるで感じなかったわ。アタシなら同じ部屋にこんな美人がいたら、五秒に一回は必ず見ちゃうわよ」


「先輩」


男が立ち止まり、穏やかな微笑みを携えて言う。


「ナルシシズムも立派な偏愛です。お仲間ですね」


女は恥ずかしそうに眉をしかめ足早に立ち去っていった。


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