第2話
「ミクロソウル」
それが人間に永劫の生命を供給する品物だった。
目では視認できないほどの極小の物質。しかし、遠目でもあからさまに、光源としての役割が果たされていることがわかる。その小さな物質の中に、それほどのエネルギーが宿っているのだ。
しかし光は本来、人間が発明したものである。星や月などにしても、崇高な太陽の光の反射によって発光している。
では、「ミクロソウル」の光は一体全体、どのようなものなのだろうか。
人間の心臓の奥に潜んでいた極小の発光体。それはまるで、心臓の一部のように、肉を通して心臓と同化していた。
なぜ今になって見つかった。
古来から、人間は臓腑の中身を研究した。しかし、そこには極小の発光体はなかった。
そう、記載されていなかったた。
解体新書にすら、そんな記述はなかった。細やかに臓器それぞれの配置についての記述はあっても、その発光体については一切なかった。
なぜ、今になって発見されたのだろうか。
体内研究の一環として、運び込まれた死体を解剖すると、唐突に心臓深部から光が漏れていた。珍妙な光景だった。
それは何処からともなく現れた物質。
極小の発光体、「ミクロソウル」。
そのソウル、つまり魂と謳われている所以は、それは常に...
「動いている」からだ。
まるで、心臓のように。
心臓は血液の絶え間ない、流動によって動く。しかし一方で「ミクロソウル」は単体である。
これも一つの可能性だ
閑話休題。
これがどのようにして永劫の生命の獲得へと連結するのか、だ。光の詳細にしてもそうだ。
そこで大学が、一部の研究チームが秘匿実験を実行した。
死体を老若男女と要請し、解剖をし続けた。
実験結果は非常に納得のいくものだった。
年配者は男女問わず、それが心臓の深部に位置していた。他方、子供には男女問わず、それが備わっていない者が多かった。これが意味するのは、老年になるにつれ、それが発生していく。50代や60代でも発生していない例もあったため、個人差があることもわかった。
そこで研究チームは唐突に、好奇心で、老人の心臓にある「ミクロソウル」を、まだ思春期の少年にはめ込んでみた。
すると、驚くことに少年の心臓が動き始めたのだ。さきほどまで一切の動きがなかった心臓に、生が宿ったのだ。身の毛もよだつ光景だった。研究チームは一目散に書類に書き殴った。無我夢中に。
それほどまでにも奇想天外な奇跡のようなことが起こったのだ。
しばらくすると体全体に血液が周り始めた。そして30分もすると、少年が息を吹き出した。生命の蘇生に成功したのだ。それは医学的、科学的にも解明されない、未知の領域だった。研究チームは悟った。医学の矮小さに。
研究チームは約三十年以上をかけて、さらに奥に踏み入った。秘匿研究は徐々に非人道になり始めた。
「ミクロソウル」が備わっているであろう老人を拉致し、死んだらどうなるのか実験してみた。老衰死である。
室内に監禁させ、病が発症しても野放しにする。それを続け、二十年余りを要して、老人は息を引き取った。
「ミクロソウル」は別体にコンバートをしなければ効力がないのである。
試しに他の老人を拉致し、今度は老衰死ではなく、直接物的凶器を用い、心臓を刺した。少々もがいた挙句、死亡した。
ここで対照実験を行った。
次は子供に老人の「ミクロソウル」を植え付けた。
そして30分弱を要して、生命が萌芽してから老人時と同様の実験を行った。
老衰死は時間が惜しいので、悪性ウイルスを体内に注入した。そして、鋭利なナイフを使い、心臓を貫いた。
心臓の鼓動が止まってから、約三十分すると、文字通り蘇生した。おそらくは「ミクロソウル」さえ消失しなければ、生命は淘汰されないのだ。それは実質的に不死身である。「ミクロソウル」は如何なる手段を講じても、傷一つ付けられないほど硬質なのだ。
次は光の話へ移ろう。
若体で、老体のものを借りて、蘇生する前「ミクロソウル」は枯渇しきったように光を発していなかった。だが、若体に移る前の老体の心臓に備え付けられた「ミクロソウル」は発光していた。それを取り出すと光が止んだ。
つまり「ミクロソウル」には所有者といった区別がある。
対して興味深い結果ではなかった。
約四十年を使い、研究チームは確定的な結論を導き出した。
「ミクロソウル」は人間を蘇らすことが可能。そうするためには年層組にしかない「ミクロソウル」を要する。
ここで研究チームは大学に研究結果を直ちに報告した。
そして「あの理論」が提唱された。
新たなる時代の幕開けとなった。
◆
私は既に百年以上生きている。それにも関わらず、見た目は30代だ。21世紀末まで培ってきた医学により、容姿と年齢には結びつきがなくなった。そして22世紀初頭、ついに年齢に制限がなくなった。死という概念が絶たれた。
もう我々には恐るべき対象が存在しなくなった。
何十年か前までは当たり前だった犯罪。
犯罪は全て実行者の奥底にある弱い部分、もしくは被害者の弱みを握った犯行が多い。どれもが自分を脅す類の干渉があった。
しかし、今ではその存在は掻き消えた。
だが、逆説的にはならなかった。
人口が増え続けた。
地球という広大な土地が圧迫され始めた。
貧困層がさらに増えた。
それと同時に犯罪は世界各地で多発した。
もう止まることを知らなかった。
地球の均衡は崩れ去っていった。
今のままではどうしようもない。たとえどんな問題が起きても人間は死なない。しかし、幸福は途絶えた。永劫の生は決して、永遠の幸福ではないと今になって人々は気づかされたのだ。
新たなる時代。ユートピア。
人々はそう信じて疑わなかった。むしろ、死という概念の消失がそれを直接意味するのは言わずもがなだった。過信していた。人間の矮小さが、世界までも矮小にさせた。
もう、幸せは訪れることはなかった。
死のない世界で へいちょー @Yomu2468
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