第5話 その5

 遊び相手。

 喧嘩相手。

 時には愚痴を溢し合い、悩みを理解して貰える相手。


 だが、それぞれの道はそれぞれの為にある。

 チェスカが拓き選んだ道ならば、他人にそれを引き留める理由も義務も、権利もない。

 新しく往く道に、惜別を与えては行けない。


「俺がワルのままでいれば丸く収まる話じゃないか……」


 ミトラはそう独り言ちすると、一度大きく深呼吸し、自分の部屋へ足を向けた。



 そんなミトラの行動を、見ていた人物が居た。

 痛い腰を抱えて、自分の小屋の窓から見ていたロワンは、やれやれ、と呆れたように溜息を吐いた。


「……本当に、宜しいんですか、レイ殿?」


 そう言って振り返った先に、スミレ色をする人型の光が佇んでいた。

 人の形――メイドドレスのような衣装に身を包んだ、幼子のように背の低い、ボブカットの女性であった。

 だがまさに、光――半透明のその姿はまるで幽鬼。


「構いませぬ」


 それが決して幻でないように、その凍てついたような、感情の欠片など見受けられない美貌は、直ぐ目の前で訊くロワンの質問に、まるで機械の受け答えのような素っ気なさで応えた。


「例の男が、お姫ぃ様の許に現れた以上、今度こそその正体と狙いを識る必要があります。我がペガスに仇成す存在であるかどうか、私は識る義務があるのです」

「ペガス国の〈不敗の魔女(イージス)〉――としてですかな?」

「いいえ。お姫ぃ様の乳母として」


 乳母が、娘同然の少女を囮に使うか普通?――ロワンは困惑しつつ、内心ぞっとした。


「何かご不満でも?」

「あ、いや――考えてることも筒抜けか、この魔女は?」

「昔馴染みとはいえ、慎みは賢明ですわよ」


 凄みを効かせているのかどうかもわからない淡々とした口調だが、ロワンは、へいへい、と肩をすくめてみせた。


「今日明日中にも、王に暇を貰いこちらに立つつもりです。先にハルカ殿が無断で来られておられるようですし」

「あの、跳ねっ返りの〈ソード・マスター〉までこっちに来てるのかね?――おーお、あのセンセ、無事ですみゃいいが」

「手出しは無用」

「わーかってるって。……あんたら二人相手にしたら命がいくつあっても足りんわ」

「あら、〈穿空鬼〉――〈魔皇〉の3番鬼と恐れられた男のセリフではありませんことよ」


 相変わらず少女は無表情に淡々と言うが、ロワンはその口元の僅かながらの変化には気づいていた。嫌みな女だよ、と今度は気取られず心の中で呟いて見せた。


「ま、正直、恩人だし、悪い人には思えンし、問答無用で掛かられるのも考えモンだが」

「どう判断するかは、私たち。――お姫ぃ様の面倒を見て貰った礼は言う」


 そういうと、スミレ色の人型は、ぱっ、と光を散らして消え去った。


「礼だけかよ。…………ま、昔の借りを返したと思えば安いモノか……あ痛ててて」


 ロワンは急に腰の痛みを覚え、直ぐ隣にあったベッドに転がった。


「ま、ジッとしてるしかねぇか…………」


                つづく

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