第5話 その4

 ミトラがチェスカと初めて会ったのは、2年前。

 古い知人に会いに行っていた座長が帰ってくると、自分の足で歩く奇妙な機械仕掛けの人形を連れていた。


 今日からうちの一座の世話をする。


 ミトラを始め、一座の面々は何の冗談かと思った。

 奇妙なことを口走る、鉄の塊。誰一人として信じる者は居なかった。

 当然である。どこからみてもそれは鉄の塊にしか見えないのだ。


 ミトラも本気にはしなかった。

 ただ、そのうち言葉数も少なくなり、諦めたのだろうか、黙々と雑用をこなしていくだけになったチェスカがどうしても気になって仕方がなかった。

 もしチェスカの言う事が本当だとすると、チェスカはミトラと同い年になる。

 この一座にはミトラより下の歳の子供はいなかった。

 ミトラは子供ながら、一座ではジャグラーを勤めていた。一座の看板芸人の幕間などで、得意の投げナイフで観客を沸かせていたが、幕間止まりの芸に過ぎず、何より、ミトラには「ある特別な外回りの仕事」を座長から任されていたこともあり、それほど一座では重要な存在ではなかった。

 そう言った背景から、ミトラは一座ではやや浮いた存在にあった。

 その為なのだろう。ミトラは事あるごとにチェスカに絡んできた。

 チェスカには始めは無視され続けていた。しかしそのうち、ミトラのしつこさにチェスカが折れる形で会話をするようになった。

 決してうち解けた訳ではないのだが、お互い、話し相手が少なすぎたこともあった。ギスギスしていた関係は、程なくして仲の良い友達、いや兄妹のようにうち解けあい、空いた時間などで二人で遊び合うようになった。チェスカの人形芸も、もともはミトラが仕込んだものだった。

 今日のような喧嘩も、決して珍しいことではなかった。

 なのに、ミトラには、酷く後悔する思いが募った。

 だから、放心の後、チェスカを慌てて追いかけたのだが、自室以外に行く当てに心当たりなどなく、何度か扉をノックした後、おい、といいながらチェスカのテント小屋に入っていった。

 北の高地で採れる竹に似た植物で編んだ簡易テントで作られた室内は綺麗に片づけられていた。飛ぶ鳥跡を濁さずと言う言葉があるが、もともとチェスカの部屋は殺風景なほうだった。何せブリキの塊で服など着る必要もないし、食事も水だけ。

 唯一の家具らしいのが木の机と椅子。これはミトラが、本好きのチェスカが楽に読めるようにプレゼントしたものである。

 ミトラは、その机の上をそっと指先で触れる。

 机も椅子も綺麗に磨かれていて、今まで使わせてくれてありがとう、と言う気持ちがわかる気持ちの良い仕事だった。

 次第に、小刻みに震えるミトラの手の平がぎゅっ、と握りしめられた。


「あいつ…………!」


 ミトラは堪りかねて簡易テントを飛び出そうとする。

 だが、その身は扉から出る途中で踏み止まった。


「…………いや。これで良いんだ。このまま別れた方が、あいつの為だ…………」


                 つづく

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