第7話対話

「これ、ドアの前に撒こう」

 愛理が差し出したのは先程の紙袋の中身だった。

「塩?」

「そう、効果がないっていう人もいるけど、古今東西、塩は神聖なものとされているんだよ?」

 大学生の彼女の専攻は民俗学。しかも東洋と西洋の比較研究を行っている。その彼女が言うのだから信じて良いのだろう。

「やってみて」

「OK。いざとなったら投げ付けてやろう。それと……麻衣子姉ちゃん、おばあちゃんの勾玉はどこ?」

「勾玉?それならペンダントにして着けてるけど」

 愛理がいう勾玉とは亡くなった祖母が生前に、麻衣子が大学へ進学する為に実家を離れる折りに、お守りだと言って渡してくれた紫水晶だ。

 首に掛けていたのを外して手渡すと、愛理はそれを窓の光にかざした。

「凄いね、ちゃんと綺麗に浄化してある」

「浄化?」

「おばあちゃんの言う通りに水で洗って塩に埋めて…ってしてるでしょ、これ」

「え、ああ、うん。石を綺麗に保つ方法だって言われたから」

「そう、それが浄化になるの」

「よくわからないけど、この状態で良いのね?」

「うん、これで大丈夫」

 とは言っても愛理にしても知識があるだけだ。亡くなった祖母は所謂いわゆる霊感がある人だった。仕事にしていたのではなく、困って相談をして来る人を金品を一切もらわずに助けていたのだ。

「ここは逃げ場がないから、いざとなったら下に行こう。えっと、さっきのあれはこの部屋にいるの、由貴ちゃん?」

「私の横にいるよ」

「そっか。おばあちゃんの能力は私たちには遺伝しなかったけど、曾孫ひまごの由貴ちゃんに受け継がれたのかもね。由貴ちゃん、あれがなんなのか聞いてくれる?」

 肝のすわった子だと麻衣子は従妹を感心して見つめた。

「いつも怖い人って言うんだよ、カナエちゃんは」

「そっか、カナエちゃんって言うんだ。由貴ちゃんくらいの女の子なのかな?私の言ってる事はわかるのかな?」

 麻衣子の母と愛理の父が姉弟で、祖母は息子夫婦と暮らしていた。だから愛理はこのような事態に対して、ある程度は知識と慣れがあるのだろう。もしかしたら彼女が民俗学を学んでいるのも、そこに理由があるのかもしれないと感じた。

「えっとカナエちゃんは中学生になったばかりなんだって」

 それは彼女が死んだ年齢だろうか。

「愛理お姉ちゃんの言っている事、ちゃんと聞こえてるよ」

「そっか。じゃあ、カナエちゃん、あれは人間?それとも魔物?もしかして妖怪の類いかな?」

 恐らくはカナエという少女の答えによっては、対処の方法に違いがあるのだろう。

「えっとね……あれは元々は人間なんだって。でも今は魔物みたいになっちゃってるんだって。でね、生きてる時から狂ってたって」

 由貴に彼女の言葉の意味はどれくらい理解できているのだろう。彼女が言った事をそのまま口にしているのだろうとは思うが、案外、言葉ではない何かで理解できているのかもしれなかった。

「狂人の霊か……ちょっと厄介かもしれない」

「どうして?」

「だって麻衣子姉ちゃん、言葉が通じると思う?」

「そう……言われてみれば確かに……」

 祖母は人や場所に憑いた霊を言葉で説得していたのを、麻衣子も目撃した事が幾度かあった。力で押さえ付けるのではなく、説得し納得させて成仏させる。祖母はそう相談者の人に言って聞かせていた。

 怨み憎しみに染まっていようとも、元は懸命に自分の人生を生きていた人間だったのだから、乱暴にしたり粗末に扱ってはいけない。自分が同じ立場ならば力で捩じ伏せられても、決して綺麗に何の遺恨もなく成仏する事なんてできない筈だと。

 だが今、階段を上がって来る存在は生前から正気ではなかったと言うのだ。それがどの程度であるのかはわからないが、今までの経過から考えても、こちらの言葉が通じない気がするのは確かだった。

「説得できない場合はどうするの、愛理」

「ここから追い出すしかないわね。それと、あれを何とかしたらカナエちゃんも繋ぎ止められて、苦しい想いをする事から解放される筈よ?」

「カナエちゃん、どこかへ行っちゃうの?」

「そう、神さまと仏さまがいらっしゃって、カナエちゃんの大好きな人たちが待っている処へね」

「そうしたらカナエちゃんは怖くない?」

「怖くなくなって幸せになるよ」

「うん、わかった。カナエちゃん、良かったね」

 子供は子供なりに彼女が今のままではいけないのだと納得した様子だ。カナエも嬉しそうに頷いていると由貴は言った。

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誰かがいる 葛城 翡翠 @hisuinotuki

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