第2話召喚されれば?

 ところ変わって、現代日本。

 そのまあまあ規模の都市の中、彼の家はあった。

 二世帯住宅。どこにでもある、一般的な家である。

 家族構成は、彼、そして両親、それから妹だった。


 最近彼と、彼の両親には、悩みがあった。

 彼がある奇病にかかっているという問題である。

 それは、『突如行方不明になる病』で、その身も蓋もない名前を付けたのは、妹だった。名前はどうしようも無いが、しかしそれは言葉通りだったし、他に適当な呼び名が無いので、未だにそんな名前で呼ばれている。


 一応少しだけ補足すると、それはある日突然、脈絡も無く彼の姿が消えるというもので、例えばそれが、彼が一人きりの時に発生するなら、単なる彼の放浪癖で終わった話なのだが、少なくとも初回は、全員揃う食卓の席で、みんなが見守る前で消滅したことにより、普通に有り得ない級の病気として認定された。


 とはいえ、家族としても、まさか目の前で息子が消えたなどというわけにもいかず、さりとて、そのうち戻ってくるだろなどと悠長に構えた結果、病気、などという比較的常識的な範疇に認識されているという状態だった。


 そして実際彼が、脈絡も無くそのうち―――一月ほどだった―――戻ってきてしまったので、その現象そのものは、少し不思議という状態に止まっている。無論、彼の家族内での認識である。


 ともかくそんな状態なので、彼がいきなり行方不明になる事そのものは、あまり大事に思われていなかった。大概な話なのだが、当人達がそれで納得しているので、それはそれで終わりである。

 では、何が悩みなのかといえば、一月ほどいきなり居なくなる、という事そのものだった。


 当たり前だが、彼にもちゃんと生活というものがある。高校生というそれが。

 にもかかわらず、突然一月ほど、居なくなってしまうのだ。

 1回こっきりであるならば、何とでもなった。しかし、少なくとも現在までに4回消えており、そして彼が言うに、これが最後なんかではなさそうだった。


 とにかく高校生、彩雲史郎さいうんしろうの現状はそのようなものであり、困ってはいたが、さりとて何が出来るわけでも無いので、仕方なく今の生活を続けるほか無かった。





 「とにかく、リカちゃんがな。簡単に俺をホイホイ呼び出すのがいけないんだよ」


 そんな彼の家の、彼の部屋。その中で、史郎は目の前の二人に対して、ため息交じりにおおよその経緯を語って聞かせた。

 消えてる間に何があったのかという話は、色々考えた末に彼が誰にも言わなかった為、実にたった今の、本邦初公開だった。言ったところで面倒な事になるだけだろ、という彼の結論からくるものだった。


 とはいえ、彼と、そしておおよそ性格的な部分が一致する両親はそれで納得していても、それ以外はそうでは無かった。

 その結果、目の前に居る二人に、説明しなければならないハメになった史郎だった。


 「むむむ、兄ちゃんばっかり不公平なんだよ!」


 まず一人目。

 ショートカットで、夏でも無いのに少し肌の黒いボーイッシュさ全開の少女は、何を隠そう史郎の妹だった。ただしおっぱいだけはでかい。

 彩雲真希さいうんまき、それが彼女の名前である。

 そんな真希は、史郎の話のどこをどう聞いてそのように判断したのかわからないが、しきりと不公平と責める。

 その姿は少なくとも演技でも何でも無さそうだった。

 無論、付き合いの長い史郎は、妹である真希がこういう時、嘘とか演技とか出来ない事をよく知っている。何しろ見た目通り体育会系で、そして脳筋なのだ。

 史郎にも、自分の妹がなぜこんな残念な事になってしまったのか、よくわかっていない。


 「…………」


 そして二人目。

 こちらは見うる印象で言えば、才媛系。真希とは丁度真反対である。

 艶のあるロングの黒髪を靡かせるその姿は、ともすれば十分可愛らしい大和撫子っぽいそれである。ただしおっぱいはちいさ……控えめである。

 如何にも真面目で、身持ちが堅そう。おおよそ彼女を見る万人がそのような感想を抱き、そして、実際学校における評価もそうだった。

 そうだったので、何となく学級委員長に仕立て上げられ、仕方ないので、そう本当に仕方ないので、なんだかよくわからない理由で学校に来たり来なかったりする史郎の家庭訪問などをして、様子を窺いにきたわけだった。


 仕方ないのである。勿論、本人も頭の中でそのように何度も繰り返しながらここに来た。

 そうしながら、でも男の人の部屋とか初めて上がっちゃうけど、二人きりだし、やっぱり色んなイベントが起こっちゃうかもしれないしとか思いながら、気合いを入れた下着で来てしまうのも、ある意味仕方の無いことだったのかも知れない。言うまでも無いが、普通の学級委員長はそこまでしない。


 そんな彼女、十和田杜宇子とわだとうこは、勇んで家に来たモノの、何故か妹ちゃんまで一緒に着いてきて、何とも言えない気分に苛まれている最中に史郎から聞いた話が余りにも突拍子が無かったことで、現在絶賛混乱中だった。言葉も出ない。


 「杜宇子トーコ??」


 「……!な、なんだキミは!私は委員長としてキミのその無断欠席の理由を聞きに来たんだぞ?そんな、わけのわからないラノベ風ファンタジーを聴きに来たんじゃない。だいたいが、それを聞いて私はどうやって納得すれば良いんだ。そ、そうだ、証拠だ。行って帰ってきたなら当然証拠があるのだろう?身体のどこかに妙な紋章が浮かんでいるとかだ。ちょ、ちょっと脱いでみろ。今ここでだ!ほら、抵抗するな!」


 その茫然自失の様に恐る恐る史郎が声を掛けてみると、突然杜宇子は爆発し、猫科の肉食獣が獲物を見つけた時に送る目になりながら、いきなり長広舌をかまし、史郎に飛び掛かった。


 「ねーよ!そんなもん!やめろー!」


 「ほう、ここには無いか。じゃあ、やはりここか?!ええい、抵抗するな!妹ちゃん、史郎を抑えろ」


 「わかったよ!ほら兄ちゃん、暴れない!」


 「このばかたれが、無いからやめろって言ってんだろ!あっ、こら!ズボンを脱がすな!」


 「くっ、ベルトが外れにくい……!やはり経験が無いのが駄目なのか?そんなことは無い!私は出来る子!……史郎!暴れるんじゃない!初心者なんだから大人しくしてろ!」


 「お前最初言ってたことと、今やってる事がもう完全に違うだろ!……っ!」


 瞬間、完全やばい目になって史郎を押し倒し必死にベルトを外しにかかる杜宇子の目の前で、いきなり史郎が消失した。


 「なっ!?」


 「おおっ?」


 驚いたのはもちろん杜宇子だけではない。史郎の背後で史郎を羽交い締めにしていた真希も同様だった。


 「……ふ……残像だ」


 驚く二人の背後、そこで史郎は泰然と、平たく言えば格好付けてそう呟いた。

 ぴんと伸ばした指先を額に添えるのも忘れない。


 「か……かっこいい!兄ちゃん!何それ!?」


 現実を疑うような光景が目の前で炸裂したにもかかわらず、真希は臆面も無くポーズを決める史郎の望むままに、興奮した顔で叫んだ。

 一方、それよりも常識的な杜宇子は、あまりの出来事に驚愕した表情のまま固まり、声も出ない。

 だが、それも一瞬のこと。杜宇子は呆然と眺める史郎のその姿を見て、自分が両手で持っているものに気付いた。


 「史郎、私が言うのもなんだが」


 「なんだ」


 「ズボンを履いてから、格好を付けるべきだ」






 「結局今のはなんなんだ。私の目には、いきなりキミが消失したようにしか見えなかったぞ。ズボン以外」


 「うん、格好良かった。ズボン以外」


 「わかった。ズボンのことは一刻も早く忘れてくれ」


 いそいそと杜宇子から取り返したズボンを履きながら、史郎は答える。

 きっちりとベルトを締め直し改めて二人に向き直り、説明を始めた。


 「……今のはな。スキルだ」


 「スキル?スキルっていうとー」


 「技、の事だな」


 「ああ、そうだ」


 さっぱりわかってなさそうな真希を無視して、わかってそうな杜宇子の言葉に重く頷く史郎。


 「つまりキミは、異世界に行ってそういう不思議な技を覚えて帰ってきた。そういうことか……成る程、なるほど。思うに今のは高速移動系スキルだな。瞬間移動に近かったと思う。名付けて瞬動というところか」


 「そ、そうだな」


 したり顔で頷く、あまりにも理解が早い杜宇子に、史郎は軽く引いた。

 洞察だと思うには、それは正解を引きすぎていた。常日頃から杜宇子は普通じゃ無いとは思っていたが、ここに来て空恐ろしいモノを感じる。


 瞬動。

 史郎が今使ってみせたスキルはまさにその瞬動に他ならなかった。名前までそのままだ。

 念のため、史郎はこめかみを人差し指で軽く叩き、自分のステータスを開く。目の前に、コンピューターRPGでよくある白い枠線に囲まれた半透明の画面が視界の端からスライドしてきて、その半分を覆う。


 これも間違いなく、異世界転移の恩恵だった。というかスキル云々より、余程わかりやすい変化だった。

 そして、それは最初の異世界転移から帰ってきて、夢だったんだーなどと思いながら、苦笑交じりにやってみたことではあった。

 やっぱ出ねえや夢だったんだ。そんな言葉を準備しながら。

 しかしそれは、今現在そうであるように、帰ってきてなおそれがオープンしてしまう現実に取りあえず驚いた。続いてスキルも普通に使えることを確認した。

 とはいえ、だからといって史郎は、それを過剰に喜んだりはしなかった。現代ニッポン。そもそもそこまでの超常能力を生かすような対象が居ないからである。


 眼前のステータスウィンドには、自分のスペックが載っている。力だの、器用だの、知力だの、そういう類いだった。

 とりあえずそれは今は見逃して、スキルの項を見る。


 【高速思考】【瞬動】【片手剣の才能】【絶対防御】


 そこには、その四つのスキルが書かれていた。

 そのうちの、瞬動。まさに杜宇子が言ったとおりだった。それを確認して、史郎は思わず杜宇子をまじまじと見る。


 「な、なんだ。史郎。そんなに熱い眼差しで私を見ても、何も無いぞ。それとも、それもスキルなのか?ひょっとして魅了とか、催淫とか、そうしたものなのか?駄目だ!駄目だぞ史郎!妹ちゃんも居るのに、いったい私をどうしようと……はっ、まさか妹ちゃんまで!妹ちゃん、史郎の目を見るな!」


 「なーに?トーコねーちゃん?」


 「アホか。そんな能力ねーよ。お前の中の俺のイメージどうなってんだよ」


 何かを悟りすぎて、真希を庇うように史郎から引き離す杜宇子に、ツッコみつつも内心胸をなで下ろす。

 あまりの洞察に、ひょっとすると杜宇子も転生をしたことがあるんじゃないだろうかなどと疑った自分が恥ずかしかった。ある意味、杜宇子は杜宇子だった。不思議知識からくる類推の末、たまたま真実に行き当たっただけだと史郎は結論する。

 そしてそのまま、行きすぎていっただけだ。


 「とにかく異世界転移したら、こうしたスキルが発現するらしい。原理はわからない。呼び出したリカちゃんも、その辺、よくわかってなさそうだったしな」


 「へー、いいなぁ兄ちゃん。私もそんなスキル欲しい欲しいー。パワーとか、力とか、怪力とか!」


 「どんだけ力欲してんだよ。何、力持ちになりたいの?」


 むしろ真希には、知力+10とか、そういうインテリ系のスキルが発現して欲しい史郎だった。或いは、慎み+10とかそういうのだ。

 そんな事を史郎が漠然と考えていると、その横で興奮した面持ちで、杜宇子が突然立ち上がった。


 「私は魔法だな!やはり異世界っていえば魔法!魔法といえば異世界っていうぐらいだしな!だいたい史郎は、せっかく異世界に行ったのに、なぜ魔法系を覚えなかったんだ。もったいないとは思わなかったのか。チャームやそういうので、奴隷の一人や二人使役して、ハーレムしようとか思わなかったのか。男のくせに。この甲斐性なし!」


 「お前はどこまで魔法に夢見てるんだよ。それに奴隷とか持っても面倒なだけだぞ。ちゃんと躾とか、トイレの世話とか、夜中に吠えないようにしなきゃなんないとか、色々あるからな!」


 「兄ちゃんのいう奴隷はペットって言わない?」


 「ぺぺぺ、ペットだと!史郎、キミは何をしようとしてるんだ。奴隷を囲んで首輪とかして毎夜いやらしい事をしてたんだろう!なんてやつだ!甲斐性なしとかとんでもない。魔王……そうか、史郎……」


 そこでハッとした顔になり、数歩後ずさる杜宇子。


 「キミは異世界で魔王になったんだな!そこで人類総ハーレム化とか野望を抱いて、人間たちを蹂躙し、エルフとか、エルフとか、エルフとかを侍らせて……くっ、こ、この人類の敵め!」


 「ああ、その魔王を倒すのに呼ばれたんだよ。俺。んで、倒したから戻ってきたんだよな」


 だんだん杜宇子の相手をするのが面倒になり、杜宇子の言葉を適当に拾って話を続ける史郎。落ち着いてテーブルに置かれた茶をすする。


 「すげー、兄ちゃん。魔王倒しちゃったの?」


 「うん」


 「……だとしたら、なぜ4回も呼ばれたんだ、キミは」


 史郎が相手してくれないので、渋々とテンションを落とし、再び床に腰を下ろしながら、杜宇子は聞いた。さっきまでの逆上っぷりはどこへやら。わりと的確な事を口にする。


 「なんか魔王が多いんだよ。竜魔王とか、獣魔王とか、真魔王とか、元祖魔王とか、本家魔王とか。そういうのがたびたび攻めてくるから、一匹倒したぐらいじゃ、人類に平和は訪れないそうな」


 「なにその温泉まんじゅう」


 「知らねーよ。とにかくしょっちゅう人類攻められてるから、すぐピンチになんだよ。そしたらリカちゃんが俺を呼び出してくるの!俺はド○えもんかってーの」


 史郎は憤懣遣る方無いといった体でそう吐き出すと、持ったお茶を飲み干した。そしてそのままゴロンと横になる。


 「でもいいなぁ。私も行ってみたいなあ」


 「……私もちょっと興味、あるかも」


 そんな不貞寝加減の史郎を見ながら、真希も杜宇子も、それぞれの思いを口にする。

 それは、純粋な憧れだった。まだ見ない場所。冒険とまではいかないものの、普通の者にとっては、絶対に体験できない、未知の世界。

 二人とも現代日本人。ファンタジックな世界など、漫画やアニメ、ゲームなんかで十分すぎるほど見知っている。そうしたものに触れながら、一度でもそんな世界に憧れなかったかと言えば、間違いなく嘘になる。

 だからこその、言葉だった。


 「よし、じゃあ、行ってみるか?二人とも」


 その二人のつぶやきを聞いて、史郎は何かに気付いたように身を起こし、二人を見据えそう言った。


 「え、行けるの?私も?」


 「……史郎、お前体が……!」


 いきなりの言葉に戸惑う中、杜宇子は気付いた。

 身を起こしにやりと笑う史郎の体に、不思議な光がまとわりついていることを。

 それは最初、カーテンの隙間から漏れた日の光のように見えた。だが、それは見る間にまるでオーロラのように不思議な色を放ち、史郎の体を染めていく。


 「何それ?!兄ちゃん!すげー!」


 「もしかして、それが異世界転移の……サインなのか?」


 あまりの光景に、史郎を凝視しながら、震える声で杜宇子は言った。ゴクリと喉を鳴らす。


 「そういうことだ―――ほら、杜宇子。真希」


 史郎は立ち上がり、二人に手を差し出す。その行為に、二人はすぐに悟った。

 その手を取れば、きっと史郎とともに、その異世界とやらに行けるのだろう。


 「やった!兄ちゃん、ありがと!」


 何の疑問も無く、真希がそれに飛びつく。しかし杜宇子は、希望を口にしたものの、いきなりすぎるその提案に、さすがに不安になった。

 何しろ、消えてしまうのである。

 行ってしまえば、こちら側では、行方不明。その場合、学校はどうしたらいいんだろう。学級委員の役目は、誰がするというのだろう。それ以前に、学業が疎かになったりするんじゃないだろうか。授業とか、絶対遅れてしまう。それになにより、消える事によって、心配する者たちも―――


 ハタとそこで、杜宇子の思考は止まった。

 史郎の顔を見る。それはどっちでもいい、という顔だった。お前が決めろと、強制しているそれではなかった。ただ、その手だけが、杜宇子にさしのべられている。

 その姿は、虹色の光に包まれようとしていた。きっとそれが完全になってしまったら、彼は、異世界に行ってしまうのだろう。片手を持った真希も、今やその虹色の光に飲まれようとしている。


 「行くとも!キミと一緒にな!」


 杜宇子は強く頷き、一切の迷いを振り切った動作で、史郎の手を取った。

 途端、それを通じて光が杜宇子にも纏わり付いてくる。

 不安がないわけじゃない。ただ、その握った手は、思いの外頼もしくて。

 だから、ドキドキするのは、まだ見ぬ世界への期待だけじゃないのだろうと、杜宇子は薄れる意識の中、何となく思った。

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呼び出してみれば? 古道 @legato

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