呼び出してみれば?

古道

第1話ぷろろーぐ

 とある異世界の王宮にある、一室。

 広さは大体30畳ほど。その畳などという単位については、よくわかっていない。

 だが、その部屋の大きさをもって「30畳」という単位になっていて、何時しかそれが便利な物差しのように使われている。

 例えば、姫様の部屋は「サンジュージョーの半分」とかだ。


 そうかと言うと流石に石作りのそこには、床一面に魔方陣らしきものが描かれ、それから発する淡いピンクの光が部屋を満たしていた。

 王宮ではそれが、神秘に満ちた奇蹟の部屋の象徴であると捉えられていたが、ある男が「ラブホテルみたい」などと評した結果、今は神秘性に少し陰りが生じている。

 勿論、王宮の誰もが「ラブホテル」などというものが一体何なのか、わかってはいない。

 そのはずなのだが、誰もが何故かその評を聞いて何となく、大切な物を汚されたような気分になった。


 ともかくそんな一室は、別段常時「ラブホテルみたい」になっているわけでは無い。

 要するに、今日という日が特別だからこそ、そうなっていた。


 特別。

 特別ってなんだろう。


 その部屋に居た二人の女性。

 そのうちの一人、宮廷魔法使い、リカラトール・ヴァネット・リートレイルは、現状の侘しさに、つい哲学的な事を考えながらため息をついた。


 彼女はエルフであった。

 普通、エルフは森の奥深くに住まい、あまり多種族とは交流しようとはしない。多分に排他的であって、だからこそ誇り高い種族とされている。

 それは彼女の外見から来る印象も、本人の意見はともかく、それに沿っているように見えた。


 種族的特徴である耳の長さはもちろんの事、やはり種族的特徴であるといわれている美貌もまた、普通に備えていた。

 その目で見つめられると誰もがぞくりとした感情を抱くとされた、怜悧そうな切れ目。

 彫刻のようとため息交じりに語られる、その完璧にバランスの取れた美貌。すらりと伸びる手足。白い肌。

 また見た目だけでは無く、宮廷魔法使いと言われ、また実際その地位に就いているだけあって、その彼女の魔法使いとしての腕は、世界でも指折りに数えられるほどだった。

 それは魔法が得意とされるエルフ故の特性というだけではない。彼女が相応に積み重ねた年数と、相応の修行の量によって成り立っていた。

 そんな大魔法使いでエルフな彼女が、何故、人間社会に居るのかという理由を知るものは居ない。しかし理由はともかく、彼女が今、この国でそうした重責を担っているということに、感謝を覚えないものは殆ど居なかった。

 彼女は、その魔法によってそれ程の奇蹟を現出してみせた。

 そして今や、王宮で畏怖をもって誰もが彼女を呼ぶ。


 リカちゃん、と。


 ―――なぜ、こうなってしまったのだろう。

 そう呼ばれるようになってしまった経緯を思い出してしまい、頭を抱えるリカちゃん。もといリカラトール。


 「ねえリカちゃん、始めないのですか?」


 そんな彼女の心中など全く察する様子も無く、その場に居たもう一人の女……少女が、リカラトールの心をぐりっと抉った。

 ―――とはいえ、それに対して抗議は出来ない。いや、実は少し出掛かったが、ぐっと喉の奥に飲み込む。

 何故なら、その「リカちゃん」という通称というか愛称というか、それを聞いて一番喜んだのが彼女に他ならなかったからだ。


 曰く、『リカラトールとの距離が縮まった気がする!』


 などと超無邪気な笑顔で言われた日には、何も反論出来なかったリカラトールだった。勿論、今では後悔している。それでも拒否っておけば良かったと。

 そもそも、その『リカちゃん』なる通称を王宮中に触れ回ったのは、他ならぬその少女だった。悪気がないのがわかっているだけに、わき起こる羞恥からくる怒りの拳を、リカラトールは何処にも振り下ろせないという状態だった。


 そんな少女の名前は、エリン・プライン・カルテローザ。

 何を隠そう、この王国のお姫様に他ならない。

 まことにお姫様らしい、愛らしさを湛えた、幼さの残るその顔立ちは、見るにその感想を、一言目には必ず、凄い美少女と評される。二言目に続くのは、なんか純真そう、というそれだった。

 詰まる話、おおよそ庶民から考えて、『お姫様ってきっと世間知らずで』、みたいな如何にもありそうなお姫様像そのものを体現したかのような印象だった。

 リカラトールが思い出すに、彼女をリカちゃんなどと呼んだ男は、エリン姫を見て「なんかぽややんとしてる」などと不敬にも程がある感想を述べた。

 が、不敬と怒りながらも、リカラトールも案外その評は的確だと思わざるを得なかった。

 確かに、ぽややんとしている。

 その、ぽややんなどというものが何なのか説明せよと言われても困るが、強いて説明するなら、ぽややんとしてるって事ですよ、としか説明できないだろうとリカラトールも思う。

 自分はインテリだと思ってはいるが、諦めなければならない事柄については、きちんと線引きしている彼女だった。


 「リカちゃん?」


 再び愛称で呼ばれたリカラトールは、その彼女が敬愛して止まない姫の前にもかかわらず、遠慮無く大きくため息をついた。


 「……お兄ちゃんに会うのがいやなんですか?」


 「姫様。あの男をお兄ちゃんなどと呼ぶのはおやめ下さいと、何度も言っているではないですか。それに普通に姫様にはお兄様がいらっしゃいますでしょう」


 心底嫌そうな顔でリカラトールは応じた。


 「でも、やっぱりお兄ちゃんじゃないと収まり付かないと思うし、仕方ないですよね」


 リカラトールの忠言など、ほぼ全く無視して答えるエリン。にっこり微笑みまでつける。この女も大概であった。

 流石にイラッとしてしまうリカラトールではあったが、さっと横を向いて表情を読まれるのを防ぐ。頭の中では様々な感情が渦巻いてはいるが、グルグル回るそれをへし曲げて、仕方ないんだと納得させた。

 それは奇しくもエリンの言葉通りではあったが、煮詰まるリカラトールは気付く事は無い。


 「……始めます」


 様々な感情を『仕方ない』で乱暴に纏めつつ、一つ深呼吸をしてから呼吸を整え集中する。そして、眼前の魔方陣に向かって、厳かに魔法の詠唱を開始した。


 彼女が何を行っているのかというと、平たく言えば異世界召喚である。

 その魔法こそ、リカラトールをして世界で指折りと言わしめた、伝説級の魔法だった。


 異世界召喚とは、異世界にある特定の物体をこちら側に引き寄せる魔法である。


 その特定の物体とは様々な物があり、普通、最終的な目標は異世界人とされる。なぜならば、異世界人は、例え向こうで何の能力を持ってないとしても、異世界転移の影響でなにかしらのスキルと言われる、特殊能力を持って発現するからだ。


 そのスキルは、この世界においても持つ物は少なくない。だが、異世界人が持って顕現するそれは、この世界でのスキルとは殆ど別種とも思える、強力なものだ。この為、呼び出された存在は、その段階でかなり超常的力を持って降臨する。

 その力は、ともすれば一個軍にも相当するのだ。

 身も蓋もなく言ってしまうと、それは強力な戦力を補充する行為に他ならない。


 そんな魔法は、別にリカラトールのオリジナルというわけでは無い。特殊な能力をもって現れるという話も、そもそもが伝承だった。

 とはいえ、最早古文書じみた古代魔法書よりそれを現代に甦らせたのは、他ならぬ彼女の功績だった。

 そして、それは今現在、彼女にしか使う事が出来ない。

 それ程に、高難度の魔法だったからである。


 そんな異世界召喚魔法を行使してみせるのは、初めてではない。都合これが5回目となる。

 そして、何故か前4回は同じ対象が召喚された。

 なので、きっと今回も同じだろうと、術を行使するリカラトールにしても、エリンにしても、不思議なぐらい確信をもってそれを予感した。


 そう、それは、この神聖だったはずの空間を『ラブホテルみたい』だの、30畳だの、リカラトールにリカちゃんなどという愛称を付けた張本人であって、エリンのお兄ちゃんでもあった。


 なので、とりあえずエリンはともかく、リカちゃんなどと心底不本意な愛称をばらまかれたリカラトールにしては、実のところ召喚したくなくて仕方ないのだが、それでも都合今回含めて5回も呼び出す事になってしまっている結果については、勿論、理由が有る。


 「おっにいちゃん、おっにいちゃん」


 召喚魔法に集中する横で、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねるエリン。

 取りあえず、それが主で無ければ絞め殺したい欲望を押し殺しながら、集中乱れそうな術を操る。

 一応言っておくと、それはリカラトールだから行使できるというぐらいの術なので、例えるならば10本の針の穴に一気に糸を通すような繊細な術式だった。

 詰まる話、その高度さ加減はエリンには全く理解されていない。王族とはそういうものだと思うようにしている。


 「―――エントゥイ・リーヴァ・クラウィア・トラリア―――」


 いつも通り難しい術式を一つ一つ丁寧に展開する。それに伴い少しずつ、魔方陣が放つ光が変化していく。

 難しいが、彼女にとっては既に5回目。必ず成功する自信があった。

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