雨が起こした奇跡

にごう

第1話

彼は今日も病室のベッドに座っていた。

余命三ヶ月と診断されてから彼は抜け殻のようだった。

私がいくら話しかけても答えてくれない。

たまに窓から外を眺めている。そしてこう呟く。

「雨が降ればいいのにな」

最初彼がなぜそんなことを言うのかわからなかった。

私は気になった。ずっと、ずっと。

ある日りんごの皮を剥きながら彼に聞いてみた。

「どうして雨が降ればいいの?」

すると彼は無表情のままだが答えてくれたのだ。

「だって全部洗い流してくれるから」

そして彼は笑顔になった。しかしそれは希望に満ちたものではなかった。

絶望から逃げ出せず、何かを呪っているかのような恐ろしいものであった。

私は思わず顔をそらしてしまった。すると、

「きっと僕の病気も洗い流してくれる。そうだよね?」

言葉だけ見れば希望を持っているように聞こえるだろう。

しかし、彼の声は確実に壊れていた。

そして、はははっと不気味な声で何回も笑い出した。

「お願い!やめて!」

私は思わず大きな声で彼に言ってしまった。彼は私を見つめている。

いや、これは睨んでいると言った方がいいだろう。

「ごめんね、大きな声出して。私もう帰るから…」

私は彼に背を向けて病室を出ようとした。

「待って!」

彼が呼び止めた。私は立ち止まったが振り向かなかった。

「ごめんね。僕…本当は恐いんだ…」

私は振り向いた。すると、彼の目からは涙が流れている。

それを見た私も堪えていた涙が溢れてきてしまった。

「大丈夫…きっと治るから。奇跡は起こるから…」

その場で泣き崩れてしまった。そんな私を見て彼は、

「わかった。僕信じるよ!だから顔を上げて?」

その声を聞いて私は顔を上げた。彼は涙を流しながら笑っていた。

それはさっきとは違い希望を持った顔だった。

私は奇跡を信じることにした。


・・・それからちょうど三ヶ月が過ぎた。

天気は雨だった。私はその中にいた。

雨は本当に全て洗い流してくれたのだ。私の涙も…


さらに1年が過ぎた。この日も雨だった。

私は病院のドアから外に出た。すると、

「お姉ちゃん!待ってよ!」

後ろから元気な声が聞こえてきた。弟だ。

彼は生きていたのだ。あの後彼に奇跡が起こったのだ。

「雨は全てを洗い流してくれる…」

私は呟いた。

「何か言った?」

「ううん、なんでもない」

「変なの…」

「気にしない、気にしない。ほら、行くよ?」

「うん!」

願えば奇跡だって起こるんだ。私はそう思った。

そして雨の中、水たまりに映る二つの傘は並んで街の中へ消えていった。


―終わり―

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雨が起こした奇跡 にごう @nigo

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